第15話 約束やぶり
翌朝、原町の自宅マンションを出た祐二は、二条駅へ向かっていた。
「キヤー」
突然、前方から女性の恐怖に満ちた悲鳴が聞こえた。
祐二は、咄嗟に二個のバックを道端に置き、悲鳴が聞こえた方へ走る。そして、全神経を集中し、道の両側に建つビルや民家を見、内部に聞耳を立て、露地が現れると、露地の中程まで行き、居ないと判断すると、元の道路へ駈け戻る。
そんなことを繰り返しているうちに、何時の間にか、悲鳴が届かないほど先にある道の曲がり角まできていたのだ。
遠くまで来すぎたと気付いた祐二は、適当な所まで早足で戻り、それ以後はどんな些細な物音でも聞き漏らさないよう、息を殺して後戻りした。
道を半分ぐらい引き返した時、走っていては聞こえないような、小さな悲鳴が連続で聞こえてきた。
聞耳を立て、悲鳴の出所を探すと、庭を樹木の垣根で囲った一軒の庭の中だった。
垣根には所々に小さな隙間があり、庭の一部が見えた。庭には緑の芝生が植えられ、芝生にはカップが切られ、その近くにゴルフのパターが投げ捨てられていた。
カップから少し離れた所に、中学生らしき少女が、恐いものを見るように顔を横に背け、横目で箒の先の小さな黒い固まりを見ながら突き突きし、突くたびに小さな悲鳴を上げていた。突かれているのは特大のゴキブリだった。
その様子を見た祐二は、少女がゴルフボールをカップに打ち込み、そのボールを取ろうとしてカップに手を入れ、ゴルフボールを掴むのと同時に大嫌いなゴキブリを掴んだので悲鳴を上げたと考え戻ろうとした。
だが、悲鳴を上げた女性が他に居るんではないかという疑念が湧いてきた。その疑念が段々と大きくなり、後戻りが出来なくなってしまった。
そこで、祐二は疑念を晴らすために、少女に尋ねるのが早道と考え尋ねることにした。
しかし、事件に深く関われば、予定した時刻の電車に乗り遅れた場合、お伽の国の女性に逢えなくなる恐れがあるのだ。
祐二は迷った。
迷った挙げ句、祐二は時計を見る。まだ、時間の余裕が少し有ったため、少女に尋ねようととして、庭の中を見たが居ない。
慌てた祐二は、無意識に垣根の隙間深く顔を入れ、庭全体を見渡すと、少女は庭の隅でゴキブリ相手に同じ動作を繰り返していた。
どうやら、大嫌いなゴキブリを自分の目の届かない庭の隅へ追いやろうとしているように見えた。