第149部
「車を出していいかい?」
父親が優しく尋ねた。
彩世が頷くと、父親は車を発車させた。
その頃、出社した祐二が仕事していると
「樫山くん、相談がある」
上司が緊張した顔で云った。
「何でしょうか?」
祐二が課長の前に行くと、
「君の生家は、たしか島根県の松江市だったね」
突然の問いに祐二は緊張して答えた。
「はい」
課長が続ける。
「担当者のミスで、得意先から注文された商品を送っていなかったんだ。その商品は開店日に売り出すもので、新聞の折り込み広告にも載せている」
そこで課長は言葉を切った。
開店日に我が社の商品が店頭になければ、買い物客からのクレームは必死だろう。店と我が社の信用を失うのは明らかだ。
「開店日は九月八日、明日なんだ。すぐ商品を送りたいが、急なことで配送の手配がつかない、そこで、山陰地方に詳しい君にその役目をしてもらいたいと思っている。引き受けてくれないか?場所は島根の太田市なんだが」
どんな事かと緊張していた祐二だったが、話を聞いて安心した。
「はい、お受けいたします」
「そうか、有り難う。先方は、品物を今日の午後六時までに届けてくれと言っているんだが、今からでも間に合うかね?」
「大丈夫です」
「そうか、じゃあ頼むよ。あっ、そうだ、肝心なことを言云い忘れていた」
「何でしょうか?」
「今、全ての車が出払っていて、運ぶ車がないんだ。そこで、悪いが君の車で運んでくれないか?」
「いいですよ」
云ったが、一瞬母親の顔が浮かんだ。
(これは仕事だからね母さん)
内心で母親に云い訳をしていた。
確かに、この状況下では、夢の話を持ち出して断れない。
「ところで、太田市まで何時間で行けるのかね」
「正確な時間は分かりませんが、五時までにはお届けできるでしょう」