第148部
「でも、母さんを一人にするのは不安だわ」
「明日、私の妹が見舞いにきてくれるから大丈夫よ」
母親の言葉で、彩世は捜しに行く決心がついた。
翌日、彩世は父親が運転する車の助手席に乗って島根県へ向かった。
車が高梁市と新見市に中間に差し掛かったとき、川の浅瀬を一人の男が水飛沫を上げながら、川下に向かって渡って行く姿を彩世は見た。
「馬鹿な私!」
と泣いた。
「彩世、どうした?」
驚いた父親は、車を急停車させて尋ねた。
それに応えず、彩世はドアを開けると、後部座席へ移り、座席に泣き伏せると、哀しげに云った。
「私は大切なことを見逃していた」
今、彩世の目に映っているのは、彩世が車で送るという申し出を祐二が断り、歩いて帰る姿と、子供にストーカーと云われた男の姿が一致したのだ。
「あの時、私は祐二さんから愛されていないと思ったけど、祐二さんは私を愛し、逢いにきてくれたんだわ。その証拠に私の髪型とヘヤーバンドを覚えていたくれたこと。もしストーカーを追いかけ、顔を確かめていたら、今の苦しみは無かった」
激しく彩世は泣いた。
「でも、祐二さんは諦めずに、川を渡って私に逢いに来てくれたわ、その時、祐二さんは、僕の大好きな高梁川を見に来たと云っていたけど、その真の意味を知ったのは、ループ橋の展望台へ行ったとき、祐二さんが高梁川は彩世さん、彩世さんは高梁川と言った時だった。私も祐二さんが慎吾さんより好きだった。でも、いくら好きでも、婚約している私が、祐二さんに好きです、とは云えなかった。だから、私は卑怯にも運を天にまかせてしまった」
彩世は愚かな自分に気づき、尚も泣いた。
(今、すみれさんが云った意味が分かったわ。祐二さんとすみれさんが会ったのは、祐二さんが子供にストーカーと云われた日、そして、私と初めて逢った日に、祐二さんは、何度も私に逢いにきてくれたのね。帰ったら、すみれさんに、何日だったか確かめます。祐二さんが展望台から出てきたのは、きっと、私が慎吾さんと再会した日だったのね。祐二さんは、何時も私も見守っていてくれたんだわ。祐二さんの愛に答えられなかった私を許して)
父親は、彩世の悲しみが祐二と分かっているが、今は声を掛けるべきでないと思い、無関心を装い、運転に専念した。
しばらく泣いた彩世は、また、助手席に戻った。