第143部
望遠鏡でその様子を見ていた祐二は、予想していたかのように言った。
「慎吾くんに会えてよかったね」
しばらくの間、祐二は、彩世と種まきしたカワラナデシコの花の河原を見ていたが、呟くように、彩世に言云った。
「彩世さん、僕は命あるかぎり毎年この展望台へ来ます。そして、彩世さんが一人で居たら、堤防へ行き、彩世さんから見えない草木の隙間から、そっと、貴女の顔を見ます。もし、彩世さんの顔が悲しんでいたら、河原へ降りて行き、何気なく『愛する高梁川に逢いに来ました』と云います。そして、彩世さんの心が癒えるまで、お伽話を聞かせてあげます」
云うと、祐二は車に乗った。
祐二が展望台を出ようとしてとき、上から数代の車が下りてくるのが見えた。祐二は急停車し、車が通りすぎるのを待った。
通り過ぎる先頭車の助手に乗っていた、色白の美しい少女が、祐二に手を振ると同時に、
「兄さん、車を停めて!」
と叫ぶように云った。
少女は、二年前、祐二の観光案内をした、頭から手足の先まで真っ黒だった可愛い少女。高梁すみれが、美しく成長した姿だった。
「駄目だ」
「どうして」
悲しそうにすみれが聞いた。
「ループ橋の道が狭いから、停車したら後続車に危険が及ぶからだ。よく後ろを見ろ」
すみれの目に数台の車が見えた。
「やっと会えたのに」
すみれが悲しげに言った。
「誰と?」
「私の自転車を治してくれた人よ」
「そのお礼に、観光案内をして上げたい人だな」
「そうよ」
「その時、その人に恋をしたのか?」
すみれは、顔を真っ赤にし、
「意地悪な兄さん」
「中学三年の初恋か」