表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
141/161

第141部 愛と哀しみの故郷へ

祐二が車で雪の中へ消えてから、八ヶ月が過ぎた八月二日。 一台の車が朝日を右後方に受けながら、高梁川に沿った道路を岡山方面から、高橋市へ向かって疾走していた。

やがて、車は彩世の河原の横を通りすぎると急にスピードを落とし、ループ橋に通ずる道へ入りループ橋の登り口に着いた。

ループ橋の下には、木々が青々と生い茂り、小鳥が飛び交っていた。ループ橋を登った車は、無人の展望台に入ると、車のドアが開き、中から、消息を断っていた樫山祐二が出てきた。

祐二はゆっくりとした足取りで、展望台に先端に立って言った。

「高梁市へは、二度と来ないと誓いました、でも、私は、愛哀の故郷が忘れられず、また来ました」

八月二日は彩世が高梁川でカワラナデシコの花を写生し、百合の魂を慰める日である。

彩世の幸せを確かめるために、この展望台からそっと、彩世の姿を見に来たのだ。

祐二を歓迎するかのように、草木の香りを含んだ涼しい風が、祐二を優しく包む。しかし、今の祐二には、その歓迎を受ける余裕はない。

一心に彩世の姿を求め河原を捜した。彩世ならどんなに遠くても見つける自信があったのだ。しかしそこには彩世の姿は無かった。

「少し早かったか」

 時を刻むごとに、展望台にも夏の暑い日差しが降り注いでくる。

どのくらいの時間がたっただろう、彩世の河原に米粒ほどの小さい人影が現れた。祐二は、急いで、車から望遠鏡を取り出し、その人影を見た。

「彩世さん‥」

祐二は万感の思いを込めて名を呼んだ。

彩世の顔は以前と変わりなく美しいが、心労によるやつれは、祐二の心を締め付けた。

「一人で来たのは、慎吾くんを捜し出していなかったんだね、いや、なにか問題が起こっているのかも知れない」

祐二は沈んだ声で呟いた。

彩世のヘヤーバンドは、祐二を待っている印である。だが祐二は知らない。彩世を見る望遠鏡が涙で曇る。

その曇ったレンズをハンカチで拭き、また望遠鏡を目に当てる。

河原には、祐二と彩世が種蒔きをしたカワラナデシコが美しく咲き乱れ、河原全体がピンク色に染められていた。

彩世は、カワラナデシコ群から離れた所で、一本だけ咲く花の前にパラソルを立て写生を始めた。

「はずかしいから見ないで」

聞こえる筈のない彩世の声が祐二に聞こえて来た。

(ごめん)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ