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「ここは、祐二さんと私だけの大切な場所」
彩世は泣く。
「もう、二度と祐二さんに逢えない私、でも、逢いたい」
彩世が流す涙が、積もった雪の上に落ち、米粒ほどの小さい穴を作る。
「本当に、もう、逢えないの」
雪は本降りになった。
「私は祐二さんに愛されていると思っていたから、慎吾さんを忘れ、祐二さんとの愛を育てようとしたの。でも、それは私の自惚れだったのね。教えて、今日まで私を支えてくれたのは、恋愛の愛でなく、人間愛だったの。私は人間愛でもいいから、私を見捨てないでください」
彩世の頭に粉雪が積もり始めた。
「いくら冷たい雪が積もっても、私には暖炉の前より暖かい。それは、ここが祐二さんの暖かい心が残っている見晴らし台だから」
やがて、彩世の身体が寒さでかじかんでくる。
「展望台に抱かれて、このまま、死んでしまいたい」
愛する祐二を失った彩世に生きる気力はなかった。
雪が彩世の体温を下げて行く。このままの状態が続けば、やがて、彩世は死ぬ、そして積もった雪の上に倒れるだろう。
その時、下方から電車が鳴らす警笛の音が届いた。
「祐二さんが、あの電車に乗って、私に逢いにくる」
嬉しそうに呟くと、閉じていた目をゆっくり開けた。
「幻だったのね」
彩世は、悲しそうに呟くと、目を閉じかけたが、急に目を開くと、
「あの警笛は、祐二さんが死ぬなと鳴らしたんだわ、今、死んだら、私がこの世で、一番愛している祐二さんが、私にしてくれた全てを無にしてしまうことになる」
彩世は、悲しいが生きて、また、祐二にめぐり逢える日を待つことにした。
父親は帰ってくるなり、床に伏せている彩世に云った。
「喜べ、祐二くんは彩世の考えを分かってくれたと思う、だから、皆で遊びに来てくれと云っていたよ」
「嬉しいわ」
彩世は父親を苦しませたくないため、自分の苦しみを話さなかった。
「苦しそうだな」
父親は彩世の額に手を当てた。
「すごい熱だ。さあ、病院へ行こう」
父親は彩世を病院へ連れて行った。
彩世が治療を終え、家に帰ると母親が仕事を済ませて帰ってきた。