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過去を川を流し終わった祐二は空を見上げた。その目に降った雪が一瞬、涙を隠す。
祐二が気を取る直すように呟く。
「お伽話の主人公は一人か二人、三人目の僕は道化師」
呟いた祐二の脳裏に、一年以上前フアミリーレストランで相席になった。お伽話を語る祖母と、一心に聞く少女の姿が現れた。
「お伽話はこれでお仕舞い」
祐二は祖母の言葉を借りて自分に云い聞かせた。すると、祐二の耳に、祖母の言葉が聞こえてくる。
「子供は未来に生き、若者は今を生き、年老いた者は過去に生き、お伽話は人の心に生きると思うわ。さあ、元気をだして帰りなさい」
と祐二を励ました。
「有り難う、僕は、これから、今を生きます」
祖母の言葉に励まされ、祐二は踵を翻したが、彩世への未練が残るのか、そのままの姿勢で動かなくなった。
「お伽の国で言いたかった言葉はただ一つ、それは、貴女を愛しています、でした。でも云えなかった、そこが、僕のお伽の国ではなかったからです」
哀しげに叫ぶと、未練を断ち切るように、河川敷を駆け抜け、車に飛び乗り、雪の中へ消えて行った。
今朝、彩世の父親が家を出たとき、高梁市には小雪が舞っていた。
彩世は、数日前から風邪により床に伏せていたが、どうしても今年中、祐二に逢い、慎吾捜しの中止を要請したかった。
そこで、風邪の苦しみに堪えながら出掛けようとしたとき、両親の強い反対により断念した。しかし、彩世の悲しみを見た父親が、その役目を買ってでたのだ。
父親が出掛けた後、彩世は風邪の症状が少し良くなったので、床から出ると、部屋の窓を開けた。
その途端、部屋へ冷たい風と、粉雪が舞い込んできた。彩世は、寒さを感じないのか、小雪が舞うのを見ていたが、時々、携帯電話を開いてメールがきているか見ていた。しかし、時が経つに従い、その表情が曇ってくる。だが、哀しみはない。
やがて、彩世は、待つことに堪えられなくなったのか、部屋から玄関に行くと、ドアを開けて、雪が積もった庭に出て粉雪が舞落ちる様を見ていた。
しばらくして、彩世は、微かな声で歌を唄いながら、自分が演技したフィギアスケートの中でも、最も得意とした演目を粉雪の舞に合わせるように舞踊っていた。
無論、氷上でないため、軽やかさはないが、誰の目にも美しく見えた。 演技を終えた彩世は、頬をピンク色に染めて自室へ戻った。