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(彩世さんは、大学の友人知人に慎吾捜しを依頼したと云っていた。男の人脈は少ないが、女性の人脈は多いだけでなく、噂さえ味方にし、多くの人達に知れ渡るため、捜し出せたんだ。だから、彩世さんは僕に直接、話さず、父親を介して伝えてきたんだ。その理由は慎吾くんを選んだからだ)
すると、慎吾の嬉しそうな顔が現れた。その顔は祐二が「君の足は歩けるよ」と云った時の顔だった。
そして、慎吾を初めて背負った時の感覚が蘇ってきた。その時、慎吾は緊張のあまり、身体を極端に固くしたが、運動神経が発達している祐二には、慎吾の足が瞬間だが微妙に動いたことを感じとっていたのだ。
(仕方ない。慎吾くんは、彩世さんの初恋の人だもの)
祐二は気を取り直し、駅員に携帯電話のことを話すと、快く捜してくれたが、粉々に壊れていた。
その破片を目にした祐二は、彩世との仲が終わったことを再認識した。
(彩世さん、慎吾くんに会えて良かったね。僕は慎吾くんが彩世さんに、何の連絡もしないことを責めたが、僕も、貴女に連絡せず姿を消します)
祐二は、哀しみに堪え、プラットホームを駆け降り、車に飛び乗った。
粉雪舞う中を当てもな車を走らせていた祐二だが、何時の間にか彩世と逢っていた、追憶という喫茶店の前へ来ていた。祐二は車を停め、車内から喫茶店内を見る。だが、彩世と逢っていた席には若い男女の姿があった。
もし、その席が空いていたら、祐二はその席に着き、彩世と過ごした楽しかった日々を思い出し、今の苦しみから逃れようとしただろうが、現実は、それさえも許されなかった。祐二の胸を千切れるほどの切ない思いが襲う、堪らず祐二は、また車を走らせる。着いた所は彩世に初めて逢った桂川。だが、今日はリセットしにきたのではない。運命を受け入れるために来たのだ。
祐二は車から降りると、彩世と初めて逢った河川敷へ下り、川辺に向かった。辿り着いた川の川面には、降る雪により出来た無数の小さな丸い波紋を作って消えていた。
祐二は、その波紋の中に、彩世と過ごした愛哀の一年半がお伽噺の絵本を一枚一枚めくるように現れて消えるのが見えた。
「悲しい思いをしたこともあったが、今に比べれば、本当に幸せな日々だった」
呟いた祐二の目に涙が光る。
祐二は、しばらくの間、過去の思い出を追いかけていたが、過去を忘れるため、降る雪の一つ一つに、過去の一つ一つを託し始めた。
(お伽話を聞いた僕は、八つの雲に乗ってお伽話の国へ行った。お伽の国は、僕を夢の世界へ誘ってくれた‥)
雪は祐二の過去を包み込み、川面に落ちては消えて行った。
流し終わった後で祐二が哀しげに呟いた。
「この一年半の間、僕はお伽話の国を彷徨っていたんだ。それも、彩世さんと慎吾くんのお伽話の国を」