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彩世の父親は、祐二の哀しみが分からないのか、楽しそうに祐二と会話していたが、ふと気付いたように云った。
「彩世が待っているので帰ります」
祐二は、改札口で彩世の父親を見送ったが、今日から、彩世や天見家の人たちと無縁になると思うと、急に切なくなり、急いでプラットフォームに駆け上がった。
祐二がホームに上がると、幸いにも彩世の父親を簡単に見付けだすことができた。
「こちらに居られたんですね」
彩世の父親は驚いて振り返って尋ねた。
「どこへ行かれるんですか?」
「いえ、お見送りに来ました」
祐二の顔を見た父親は、喜びの表情を表し、目を潤ませ、感謝の言葉を述べる。
「有り難うございます」
二人は電車が来るまで、別れを惜しむように話し合っていた。
周りでは、はや、帰省する家族の姿が沢山あり、子供たちがホーム上で追い駆けっこしていた。
突然、祐二の携帯電話が鳴った。
祐二は、彩世の父親から、少し離れた所へ行き、携帯電話を取り出し、誰かを確認しょうとした時、携帯電話が祐二の手からはじき飛ばされホームに落ちると、勢い良く滑り線路内に落ちた。
携帯電話が落ちた原因は、帰省客が連れていた二人の子供が追っ掛けっこしていて、逃げる子供が祐二の腕に激しく当たったのだ。
祐二が携帯電話を拾おうとして、線路内を覗いた時、博多行、のぞみ号が入ってきた。
「携帯電話、大丈夫でしょうか」
彩世の父親が心配そうに尋ねた。
「小さいから電車に轢かれる心配は無いし、最近の携帯電話は頑丈だから、落ちたぐらいで壊れたりしませんよ」
「それもそうだね」
彩世の父親は納得していた。
携帯電話は、あの程度の衝撃では壊れない。まして、細いつるつるの滑るレールの上に乗るのは非常に難しい。
のぞみ号が停車し、ドアが開くと、下車客が続々とホームへ下りた。終わると、一列に並んでいた乗車客が乗り始めた。
祐二が名残惜しげに、
「今度は、ゆっくり遊びに来てください」
淋しそうに祐二がいった。
「樫山さんもお元気で」
彩世の父親は、なぜか、笑顔でのぞみ号に乗った。