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「でも、採用されるかどうか心配です」
「大丈夫。なぜなら、採用は私に一任されているんだよ」
「そうですか。それは有り難うございます」
云った祐二の脳裏に、生まれたばかりの赤ちゃんをかなしげな顔をして抱く鈴木の顔が現れた。
(良い職が見つかったら、まず、君に紹介すると約束したけど、僕は岡本さんと一緒に仕事がしたい。だから、今回は我慢してく)
と心の中で鈴木に謝った。しかし、また、悲しそうな鈴木の顔が現れた。
祐二は耐えられなくなって云った。
「岡本さんの好意は、死ぬほど嬉しいです。でも、僕は、常々、消防士になりたいと考えているので、その道に進むため、次の消防士の試験を受けたいと思っています。そこで、身勝手ながら、お願いがあります。僕の同僚は、生まれたばかりの赤ちゃんが居ながら、今、失業しています。彼も商社経験者です。お願いですから、彼を雇っていただけませんか、いや、ぜひ、雇っていただきたいと願ってます」
自分の幸せを捨ててでも、友を助ける祐二の優しさに岡本の顔は歪み、目に涙が宿る。
「分かった。君の願いを聞いて上げるから、明日、私の所へくるように伝えてくれたまえ。そうだ、名前は?」
「はい、鈴木と申します」
「じゃあ、鈴木君に、この名刺を渡してくれたまえ。君も困ったことがあれば、私に相談してくれよ」
岡本は祐二にも名刺を渡した。
「よろしくお願いいたします」
頷いた岡本は腕時計を見ながら云った。
「勤務があるので帰るけど、ゆっくりしたまえ」
岡本は立ち上がり、祐二の飲食代金を払ったのち、祐二の所へ戻り「二者択一は悲しいね」
淋しそうに云って、喫茶店を出ていった。
その姿に、祐二は立ち上がると、深くお辞儀をして見送った。
数日後の十二月二十六日
祐二は年の瀬の賑わいを別の世界のことのように思いながらいると、電話が鳴った。
(彩世さんだ)
久しぶりに、彩世の声が聞こえると期待して電話に出た。
「樫山です」
彩世に対して、恋をしないと心に誓いながら、彩世からの電話を待つ祐二。
だが、期待した人からのものではなかった。
「天見です。永らくご無沙汰いたしておりました」