132
祐二は、母に礼を言ってから、住まいを伏見区に変えたことを報告した。
「そう」
母親は祐二の苦境を感じたのか、それ以上何も話さずに電話切った。
(ありがとう、母さん、そして、父さんや兄さん妹も)
祐二が夜間作業に就いたのは、彩世と慎吾との付き合いと、職探しのためには、夜間の仕事が便利だと考えたからだ。
住所を変えたのは、収入が少なくなったからだ。
母親が電話を切ると、祐二は一眠りしようとしたが、親兄弟の心配顔が目に浮かんで眠れなくなり、職探しに出かけずにはいられなくなった。
そこで大阪へ行った。だが、年の瀬も迫った今日、社員を採用する企業はないと考えた祐二は、年末年始だけでも働けるアルバイトを捜したが、住所が遠いからと断られた。
やがて、昼飯時になった。そこで、梅田の地下食堂に行ったが、どの店も幸せそうな人たちが楽しそうに食事しているのを目にし、自分が食事するのは場違いのように思えたために、地上へ上がり、静かな喫茶店を見つけた。
店内に入った祐二が、座る席を捜していると、一人の男が席に座り新聞を読んでいた。
驚いた祐二は駆け寄り挨拶した。
「岡本さん、樫山祐二です」
男も祐二の声に驚いたように、顔を上に上げた。
「やあ、君だったか、久しぶりだね。元気にしていたんだね」
「はい、身体だけは」
岡本は、祐二を労るように云った。
「君が勤めていた商社は倒産したんだね」
「ええ、残念ですが」
「失礼だが、新しい職は見つかったかね」
岡本に嘘をつく必要もないので、素直に答えた。
「まだなんです」
恥ずかしそうに祐二が云うと。
「それは良かった」
岡本が嬉しそうに云った。
「良かった?」
祐二が不思議そうな顔をすると、
「すまん、実は、我が社の社員が一人退職したので、経験者を捜していたんだ。もし、良かったら、我が社に就職してくれないか」
「それは本当ですか!」
祐二が悲鳴にもにた喜びの声をあげた。
「君に嘘などつかないよ。すぐ、我が社に行こう」