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「振られたのか、やっぱりな、あの娘は美人だし、親がいくら結婚を勧めても。今日まで、うん、と云わなかった。それを心配した親が俺に、お前の息子、祐二なら結婚したいというかもしれないから、見合いをさせてくれと何度も頼まれ、無駄と分かっていても断れなかったんだ。と人の所為にしているが、実は、祐二とめぐみさんの結婚をわしと母さんは願い、万が一の可能性に賭けていたのだが、残念なことになったな」
祐二にすれば、残念でもなんでもない。
「振られて辛かったでしょう。祐二が女性にもてるには、女性の心理を勉強する必要があるわね」
残念そうに母親が云った。
「僕は辛いよ、本当に辛いよ、だから、もう、軽々しく見合いをさせないでくださいよ」
祐二は、チャンス到来と、わざと哀しそうに振る舞い、それ以後は、誰とも話さないようにした。
両親は、佑二がよほど辛い思いをしたのだと勝手に推理し、翌日、祐二が帰る時などは、腫れ物を触るように送り出した。
(よし、これで、見合いの話は当分の間はない)
安心して、祐二は、故郷を後にした。
祐二が備中高梁駅の改札口を出ると、彩世が迎えにきていた。
彩世が嬉しそうに近寄ってきた。
「迎えにきてくれて有難う」
彩世の顔を見て、祐二は彩世を誰にも渡したくない、無論、慎吾でも、との思いが頭の中を駈け巡った。
「祐二さんのお顔が優れないのは、お母様のご容態が芳しくないのね」
彩世は心配げに尋ねた。
祐二は、彩世に自分の苦悩を悟られないように、出来るだけ平静を装っていたのだが、彩世には隠せなかったようだ。
しかし、彩世には真実を話せないので、仕方なく母親のせいにした。
「心配してくれてありがとう。救急車で病院に運んだが母の病気は軽い食中毒だったんで、すぐに治るとのことなで、もう、心配は無用ですよ」
「そう、命に関わるものでなくて良かったわ」
我が事のように彩世は喜んだ。
彩世に逢ってから、嘘を付いてはならないと自分に云い聞かせた佑二だが、これまで何度も嘘を付いてきた。しかし、その度に良心が痛み、二度と嘘を付かないと誓いながらも、また、嘘の連続だった。これからも、嘘を付き続けなければならないと思うと、祐二の心は一層、暗くなる。
母親の話題を避けたい祐二は明るい声で尋ねた。
「彩世さん、写生は終わりましたか?」
「はい」
「ユリさんを思う彩世さんの優しさに、僕は感服しました」