第12話
一瞬、祐二は帰省を諦めかけようとしたが、幼なじみの友達に、帰るから会ってくれないかと、無理に頼んだ経緯がある。
祐二は、飛行場の無い京都から島根県へ一番早く帰れる便を探して結果、山陽新幹線と伯備線を利用すればよいと分かった。
急いで新幹線京都から岡山駅へ行き、伯備線の岡山駅で特急電車やくも号に乗った。
電車は、備中高梁駅手前にある高倉山の麓へ到達、線路はそこから二股に別れ、高梁川沿いの線路に入った。この路線には短いトンネルがあった。
電車がトンネルを出たとき、左側の車窓から光が射し込んできた。
祐二は、何気なく目を車外に向けると、思わず目を見張るような美しい景色が広がっていたのだ。
高梁川が三色に分割されたかのように、手前には清く澄んだ水が流れ、向こう岸は、青々とした草木に覆われ、真ん中には、白く輝く河原が広がっていたのだ。
河原には、色も鮮やかな一本のパラソルが立てられ、その中で、一人の女性が写生し、その周りを囲むように、数人の子供たちが楽しそうに遊んでいた。
祐二は、女性の顔を見たい衝撃に駆られ、目を凝らした瞬間、女性の姿は障害物に阻まれ、見えなくなってしまった。
景色や女性を見た時間が瞬間と表現するほど短時間だったことから、景色は窓枠に嵌め込められた絵画、否、お伽の国を見たような気がした。
二日後、佑二は父の依頼で早朝神戸に行き、用を済ましてから京都に帰る積もりだったが、神戸では反対に、父に渡したい物があるから持って帰ってくれと渡され、断ることも出来ずに佑二はやくも号で生家に向かった。その途中、もしやと見ると、女性はパラソルの外に立ち、子供たちと一緒に、やくも号に向かって、手を振っていたのだ。
女性の長い黒髪が大きく靡いているところをみると、どうやら、風が強くて写生が出来ないため、子供たちと遊んでいると推察した。
祐二は、景色には目もくれず、女性の顔を凝視した。だが、顔は日陰に遮られ、ぼやけた輪郭しか見えなかったが、佑二には何故か髪をヘヤーバンドで止めているのが見えた。
電車の中で佑二は、女性の姿や顔の輪郭の残像を追いかけていると、女性の顔が、もやっと、浮かんできた。だが、それ以上鮮明にはならない。
そして、なぜか、甘酸っぱいものが祐二の胸を締め付ける。急に逢いたくなった祐二は、次の駅で電車を降り、彼女が居る河原に行こうとしたが、それを制止する強い意志が働いた。
「お前には目的がある。今、恋や遊びをする余裕はあるのか」
と佑二の心は自らを叱っていたのだ。
その日のことを思い出した佑二は、失った過去を惜しむと同時に、現代の二年間は光速を連想さすほどの速さで開発が進むため、女性が居た川も、緑の草木で覆われた堤防が、無表情な堅いコンクリートの堤防に変わり、お伽の国の体をなしていないかもと危惧した。
その心配は心配として祐二は、ふと感じた。あの河原へ行けば、この悲しみと、失った過去が取り戻せる。そして、あの女性が何者で、最近、幻のように自分の脳裏に写る女性と関係があるのかが分かるかも知れないと佑二は考えた。