116話 お見合い
自分だけが、幸せから見離されていると思うと、哀しくてならない。その上、したくもないお見合いが控えているのだ。祐二は何も考えたくない心境になる。
傷心の祐二が帰ると、部屋の外から母親が急き立てた。
「早く服を着替えなさい」
「着替える?この暑いのにスーツに?」
「当然だわ」
そこへ父親がきて、
「スーツでなくてもいいんだよ」
「なぜ?」
母親が聞く。
「相手のお嬢さんが、格式張るのが嫌と云っているんだ」
母親が不服そうに云う。
「神聖な見合いなのに仕方ないわね。じゃあ、お父さんの車に乗っていきなさいよ」
「父親同伴、そんなの嫌だよ」
祐二が必死に云うと、母親が、ばか、と云うような顔をした。
「父さんが行く訳がないでしょう」
「ええー、じゃあ、運転は誰がするの?」
「祐二が運転するのに決まっているでしょう。今回の運転は、見合いに行くんでしょう。故郷へ帰ってくるのとは訳が違うわ」
祐二が、呆れたように、
「母さんは勝手だなあ」
「つまらんことを云ってないで早く行け」
父親が急かす。
「行け行けと急かされても、何時、何処で見合いするのか聞かされていないのに、行くに行けないよ」
そうだったと父親は、照れ臭そうに説明した。
「時刻は午後七時。場所は日御岬灯台下の潮騒という喫茶店。夕焼けと日本海に沈む美しい夕日が見られることで有名だよ。知っているか?」
「うん、知っているよ。 日御岬には漁師の友達が居て、一度、その喫茶店へ行ったことがあるんだ。ところで、時刻と場所はお父さんが決めたの?」
「いや、相手のお嬢さんが、人目の多い所での見合いは嫌なのか、場所と時間を指定してきたんだ」
「じゃあ、今回の見合いだけは、全て、相手のいいなりなんたんだね」
「そうだ、仕方ないだろう」
自分の親が決めたお見合いでないと知り、祐二は少し気分が楽になった。
祐二は気分は晴らしも兼ね、車を宍道湖畔沿いの道を出雲大社方面に向かって走らせ、日本海に面した県道二十九号線を北に向かった。
祐二は美しい日本海を左手に見ながら、見合い時間より早めに喫茶店、潮騒に着いた。
喫茶店から、コーヒーを飲みながら、波穏やかな日本海を眺めていると、
「樫山祐二さんでしょうか」
尋ねられた。祐二が振り向くと、二十三、四の美しい女性が立っていた。
「小野めぐみさんですね。お待ちしていました」
祐二が丁寧に挨拶する。
見合い相手の写真を、祐二とめぐみは予め見ていたので、相手が誰かすぐ分かる。
「はい」
恵みは、祐二に正面から見られたので、恥ずかしそうに小声で答えた。
「どうぞ、お座りください」
めぐみは椅子に座った。
祐二が尋ねる。
「何をお飲みになりますか」
「アイスコーヒーお願いします」
祐二は来たウエイトレスに注文した。
待つほどの時間もかけず、ウエイトレスはコーヒーをめぐみの前に置いて立ち去った。それを見届けた後で、めぐみが恐縮した態度で云う。
「樫山さん、私は最初にお詫びを申し上げねばなりません」