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(彩世さんは、今も慎吾くんを待っているんだね。慎吾くんに今は会わせられないけど、必ず、会わせてあげるから、しばらくの間、我慢してください)
祐二は、慎吾と彩世の悲しみや苦しみを思い、自分の哀しみを忘れようとした。
一時間ほど経った時、突然部屋のドアが開いて父親が入ってきた、
「祐二、起きているか」
眠っている振りをしている祐二の顔を見て呟いた。
「よほど疲れているんだな、可哀相に涙を流して眠っているよ」
父親は、身体を揺すり。
「祐二、起きて見合いの用意をしろ」
今、目が醒めたとばかりに、祐二は大袈裟に目を擦りながら起きた。
「すぐ理髪店に行って、その汚れた髪を洗い、髭を剃ってこい。そして、ちゃんとした身なりで行かないと相手に対して失礼だろうが」
慎吾に出会わなかったら、祐二は、絶対に見合いをしなかっただろう。しかし、彩世を失った今は、もし、相手の女性が結婚をしたいというなら、それでもいいと思ったので、理髪店へ出掛けた。
祐二が、理髪店の前に来た時、後から来た車が急停止した。祐二が振り向くと、幼なじみの英樹が車の窓から顔を出し
「帰っていたんだな」
「すまん、急に思い立って帰ったものだから、知らせる暇がなかったんだ」
「また、あれか?」
「そうだ、毎年、夏になると、蝉が合唱するように、喧しく云われるんだ。だが、見事に振られるがね」
振られたことは一度も無いが、振られたと云えば、人は深く追求しないことを佑二は知っていたのだ。
「らしいね」
一応、同情する。
「横の女性は優子さんでしょう」
祐二が云うと。
「そうだよ。去年の夏、古浦の海水浴場で会った優子さんだよ」
「よく知っているよ、あの時はお世話になりました」
「こちらこそ」
優子が礼をすると、英樹が
「祐二、驚くなよ。僕と優子さんは婚約したんだ」
嬉しそうに言った。
「それは良かった。お目出度う」
「結婚式の日時は?」
「今年の十月、日時はあとで知らせるよ。来てくれるだろうな」