第113話
母親は頭を傾げていたが、父親がきたので尋ねた。
「貴方、見合いのことを祐二に話さなかったの?もし、見合いをしなかったら、保の面目が丸潰れになるところだったわよ」
「兄さんの面目って何?」
意味の分からない祐二が尋ねた。
「今度のお見合いは、保が選挙に出た時、絶大なる支援を頂いた家のお嬢さんとのお見合いだから、絶対に断れないのよ。それなのに。お父さんは忘れていたなんて、無責任にも程がある。もし、祐二が帰ってこなかったら、どうするつもりなの!」
母親が父親を責めると、
「そのことなら心配無用。なぜなら、何の用もないから、必ず帰ってくる。もし、見合いがあると教えたら、帰って来ない恐れがあったからだ」
「そうだったの。でも、危ない賭けだったわね」
周りがいくら騒ごうと、今の祐二は、彩世や慎吾のことで頭が一杯のため、誰とも話したくない。
無関心な態度が気に入らない母親の怒りは納まらない。
「何よ、その無愛想な態度、お見合いするわよね!」
「するよ」
彩世を失った祐二に、両親と争う気力はないため、力なく答えた。
「何かあったの?」
急に、母親が心配そうに尋ねた。
「乗り物疲れたと思う」
まさか、真実を話す訳にもいかず、旅のせいにした。
「疲れていてはお見合いに支障をきたすわ。元気を取り戻すのには、食事が一番よ。用意をしてあるから食べなさい」
食卓の前に座った祐二だが、とても、食事をする気にならない。そこで、前の席から監視するように見ている母親に。
「母さんが僕の大好きな食事をせっかく作ってくれたのに、今は疲れていて食べられないんだ。だから、少し休んでから食べるよ」
祐二が、すまなそうに云うと母親が、
「そんなに疲れているの?よほど仕事が忙しいのね。じゃあ、お見合いまで、まだ少しの時間があるから、一眠りしなさい」
云われるままに、祐二はベットに寝転んだ。
(慎吾くんに会わなかったら良かった)
そう思うと、哀しくて、自然と涙が出てくる。その涙を出るがままに、祐二は、今日の出来事が走馬灯のように頭の中を駆け巡っていたが、河原で写生する悲しげな彩世の顔が現れると急に停止した。