第111話
だが、慎吾の考えが分かる祐二には、彼を見付けたとしても、慎吾が彩世に会うと言わない限り会わせられない。しかし、このまま放置できる訳がない。
また、放置出来ないなら、自分と彩世の関係を慎吾に話す必要がある。だが、それは誤解の元になると考え、できる事なら、第三者に慎吾と彩世の仲介を頼むのが無難だ、などと考えている間に電車は松江駅に着いた。だが、祐二は電車から降りることが出来ない。
(どうすればいいんだ。間もなく電車は玉造に着く、それまでに慎吾と付き合える仲になる必要がある。それも彩世さんとの関係を伏せて)
しかし、肩を落として悲しみに沈む慎吾に、無遠慮に話し掛けることは出来ない。
祐二があれやこれやと悩んでいる間に、電車は玉造駅に着いた。
「僕の背中に乗ってください」
以前祐二は、歩けない彩世の車の乗り降りの手助け、高山植物の花々の間を背負って歩いた背中の温もり、鳴き砂の鳴き声を聞くために、彩世の手を取り、鳴き砂の上を歩いたときの手の暖かさを何よりも大切にしていた。
だが、祐二は、その大切な温もりを消してしまう相手と知りながら、その相手の手を取り、身体を抱き、その上、背中まで差し向けた。
この苦渋の選択をしなければならない祐二の辛さは、如何ように察しても、察し切れないほど大きかった。
しかし、祐二はその哀しみを押し隠して慎吾に背を向けた。何も知らない慎吾は祐二の背中に乗った。
(この僕を信じて助けを快く受け取る慎吾くん、君の幸せのためには何でもしてあげる。それが、彩世さんの幸せでもあるからだ。だから、僕は彩世さんを諦める)
心で誓った祐二は、慎吾を背負うと駅の外へ出た。
すると、慎吾が緊張した面もちで云った。
「僕は真竹慎吾です。度重なるお世話を頂きありがとうございまた」
慎吾に付き添っていた女性が、祐二に縋るような眼差しをして云った。
「私は慎吾の母親です。昨年の八月五日の朝早く、慎吾が大学のヨット部員と一緒に、ヨットを操作している時、漁船と衝突し、慎吾だけが負傷したのです。今は、お付き合いしてくださる友達が一人も居りませんどうか、慎吾の友達になってください」
云うと、母親は紙に住所と電話番号を書き祐二に渡した。
どうすれば、慎吾と付き合えるか探していた祐二だったが、その心配が無くなった。
「こちらこそ」
祐二は、名刺入れから一枚の名刺を取り出して渡した。そして、自己紹介をしょうとしたとき、名刺の名前をすばやく見た慎吾の母親が云った。
「鈴木肇さんとおっしゃるんですね」
云われて名刺を見ると、同僚の名前だった。