第11話
少女の問いに祖母は。
「新幹線に乗って岡山へ行き、伯備線に乗ればいいのよ」
と、丁寧に教えた。
伯備線は、瀬戸内海側のJR山陽線岡山駅と日本海側のJR山陰線を結ぶ路線で、区間は岡山駅から白耆大山駅までであるが、やくも特急電車は、岡山から出雲間を往復している。
また、伯備線の大きな特徴は、線路の大部分が、高梁川や日野川等に沿って敷かれているため、いつも車窓から美しい渓谷や清らかな水の流れを間近に見られることだ。
「そうだ、私が高梁川へ行った時は小学生だったわ。由美が小学生になったら一緒に行こうね」
老女が高梁川へ行ったのは、老女が小学生のときだった。だから、老女が見た高梁川は、今から七十年前の高梁川である。
「うれしい、約束よ」
少女が目を輝かせ、小指をだして祖母と指を絡めた。
「ハイハイ、忘れないわ」
「早くお伽話を聞かせて」
少女が急かすと。
「じゃあ、お行儀よく聞いてね」
祖母が話始めた。
「昔々」
と、話ながら祐二を見る。祐二は驚いて目礼した。
幼子にお伽話を聞かせるのは老女に優さるものはいないだろう。なぜなら、少女には、老女が大昔の人間に見え、お伽話が現実の話のように聞こえてくるのだ。
そして、ここにも、お伽話を現実の話のように受け取った若者がいた。それは、心に大きな悲しみを負った祐二である。
今の祐二は、その悲しみに苛まれ心は空虚だった。その空虚な心に、老女の姿とお伽話が入り、一時的に祐二を子供に帰らせたのだ。
絵本から抜け出したような老女と少女、そして、話し方が上手だったので、祐二は何の抵抗もなくお伽話の中に入ていった。
お伽話が佳境に近づくにつれ、祐二の脳裏に高梁川の河原で見た景色が蘇り、その場所が祖母が語るお伽話の河原と同じ所のように思えてきた。
すると、二年前の夏のことがはっきりと思い出した。
あれは二年前の夏の早朝、祐二が自分の車にお土産を積み、故郷へ帰ろうと車のエンジンを始動させたが、
車が動かないのだ。
整備点検を怠った我が不注意に愛想を尽かしながら、修理をはじめたが、とても直せる程度の単純な故障ではなかった。