第108話
ホームには、子供や女性、そして、右足は不随、左足は太股の中間から下を無くした青年が車いすに乗っていた。佑二は子供や女性を守るために、祐二は素早く防御態勢を取った。
一人のスリは、祐二を躱すように通り過ぎると、車椅子を突き飛ばし青年をプラットホーム上に転倒させて逃げる。
その瞬間、青年の胸ポケットから白いハンカチが飛びし、プラットホームに落ちた。後から走ってきたスリが、そのハンカチを踏もうとした瞬間、青年は不自由な身体を一杯に伸ばし、ハンカチを掴むと、同時にスリがその手を踏んだ。
怒った祐二は「許さない」とばかり、スリを追い掛けようとしたが、倒れた青年の姿が目に入ったため、追い掛けるのを中止し、青年に声を掛けた。
「大丈夫ですか?」
車椅子の青年には、母親らしい女性が付けていたが、突然の出来事に何をすべきかの判断も出来ないのか、一瞬、呆然と立ち尽くしている。
「はい」
青年が辛うじて答え、ハンカチを大切そうに胸のポケットにしまい、スリに踏まれて出来た擦り傷を、ズボンのポケットから取り出した柄物のハンカチで拭いた。
「お手伝いしましょうか」
祐二が遠慮気味に尋ねる。
青年の身体は祐二より少し小さいが、日本人の平均よりはだいぶ大きい。とても、母親一人の力では、青年を車椅子に乗せることができない。
「お願いします」
母親は感謝をこめて云った。
祐二は無言で、青年に了解を求める。
青年は目でお願いしますと云う。祐二は青年の手を自分の首に巻いた。すると、最初は恐る恐る祐二の首に当てていたが、すぐ、縋り付くように力を入れてきた。
(このぎこちなさ、人の助けをあまり受けていない。いや、慣れるのを恐れている)
祐二は、思わず胸が締め付けられ、思い切り締めていた。
(可哀相に、どんな事故に遭ったんだろう)
涙が出そうになるのを耐え、祐二は青年を車椅子に乗せた。
「有難うございます」
青年は人に顔を見られたくないのか、野球帽を目深い被りサングラスを掛けていたが、丁寧に礼を云った。
「息子がお世話になりました」
女性はやはり母親だった。
「お送りしたいんですが、どちらへ行かれます」
「息子の健康のため、島根の玉造温泉へ行くのです」
「そうですか。もし、ご用があれば云ってください」