第107話
(彩世さん、僕は貴女に結婚を申し込みます)
八月二日の朝。
「さあ、お伽の国へ行こう」
祐二は、一年前に云った言葉と同じことを云ってからマンションを出た。
やがて、祐二が、京都駅に着くと
「樫山くん」
聞き覚えがある上司の声が聞こえた。
「お早う御座います」
振り向いた祐二は、上司に挨拶した。
「帰省かね」
分かっているくせにと思いながら、
「はい」
と余裕をもって答えた。
「乗車券買ったかね」
「はい」
祐二は、昨年と同じ愚を犯さないよう、前日に購入していた座席指定券を見せた。
上司は、落胆を隠しながら云った。
「コーヒーを飲む時間ぐらいないかね」
「十分くらいなら付き合えます」
「そうか、じゃあ、十分だけ頼むよ」
祐二が予想したとおり、祐二にゴルフの自慢が終わると、もう、用無しとばかりに、急いで東京方面行きのプラットホームへ行った。
祐二は、予定どおり、博多行き、のぞみに乗った。
岡山駅に着いた祐二は、早速、彩世に電話した。
「写生しているの?」
「はい」
「今、岡山駅に着いたので、連絡しました。でも、写生の邪魔をして悪かったね」
「いいのよ、今も、風が吹いているので、写生を中止していたのよ」
「じゃあ、僕は河原へ歩いて行きますから、ゆっくり写生してください」
祐二は新幹線の岡山駅を出ると、伯備線のプラットホームへ行き、やくも号が到着するのを待っていた。
すると、数人の怒鳴り声がしたかと思うと、どたばた駆け回る足音が聞こえて来た。
「スリだ、集団スリだ。捕まえろ」
私服の警官らしき人が、線路内を逃げ回るスリ集団を追い掛けていた。
やがて、スリ集団は伯備線のプラットホームへ駆け上がり、その中の二人が祐二の方へ向かって来た。