第105話
「彩世です」
平日の昼間は、互いの事情を考慮して、よほどのことが無い限り電話をしないという暗黙の習慣が二人の間で出来上がっていたので、慎吾の居場所が分かったのだと思い、幸福感が一気に吹き飛んだ。
「慎吾くんの情報があったんですね」
祐二の早合点に驚いた彩世が急いで否定した。
「違うんです」
「早合点でしたか」
祐二の顔が安堵に変わる。
「急に電話をして、ご迷惑をかけました。御免なさい」
「少しも迷惑だと思っていません。所で、用は何ですか?」
「わたし、今日から実家へ帰ります。帰る前に一目お逢いしたいと思ったの」
「僕も逢いたいから、時間と場所を教えて下さい」
「今」
「えー、じゃあ、社の近くへ来ているんですか?」
祐二が驚く。
「ええ、前に居ます」
「すぐ行きますが、足は大丈夫ですか?」
祐二が社を飛び出して行くと、彩世は、暑い日差しを避けるように、街路樹の日陰の中に立っていた。
「よく来られました。来るのに迷いませんでしたか?」
祐二が驚きの声で尋ねた。
「はい、何度も通った道ですから」
「ええ?何度もですか」
「はい、だって、この道は高校のお友達の家へ行く道なんですもの」
「それなら、一度くらいは逢っていても不思議ではないね。そうだ、顔を合わせていても互いに気付かなかったんだ」
(違うは、私が気付かない筈がないもの)
強く否定したい彩世だったが、自分の愛を告白するように思えて云えなかった。
「コーヒーでも飲みましょう」
祐二は近くの喫茶店を指差した。
二人は店内へ入った。
「忙しい所をごめんなさい」
彩世は席に着くなり謝った。
「謝らなくていいよ。僕も彩世さんに話したいことがあったんだから」
「話て何かしら?」