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千夜の晩餐  作者: 卯堂 成隆
第十夜 絨毯と黄金の魔法の話
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第二節 叱られた亭主

「それではジン様、行きましょうか」

 アイーシャという名のその少女は、獅子のごとき厳つい顔の男を見上げて、笑いながら手を伸ばした。


 もしもここに知らない人間がいたのなら、すぐさま少女に向かってやめろと叫んだであろう。

 目の前の大男の眉間にはくっきりと皺が刻まれており、明らかに機嫌が悪そうだったから。


「さぁ、そんな我侭を言わないでくださいませ」

 少女はもう一度笑いながら、その陶器で出来ているかのような白く小さな手を男に差し出す。

 すると、男はようやく諦めたかのようにその腕を持ち上げ、少女の手に指を伸ばした。

 だが、男は少女の手に触れる寸前で、迷うかのようにその動きを止める。


「……どうしてもか」

「どうしてもです」

 男は悲しげな声で呟くが、少女は笑顔のまま迷いなくそう答えた。


「嫌だと言ったら?」

「シェヘラザード陛下に怒られますよ?」

 あと、フォローはしてあげません。

 その突き放すような言葉に、男――この国の副王であるアサド・ジンはがっくりと肩を落とす。


「シャヒーン……」

「諦めてください。 どうにもなりません」

 横にいる護衛役の近習に目を向けるが、その生真面目な近習は肩を軽くすくめて首を横に振った。


「だが、あの案件は俺にしか……」

「シェヘラザード陛下がしっかりと代理を勤めてくださいます。

 そもそも、断食月(ラダマン)なんですから、新しい駅弁の試食なんか昼間に出来るはずないでしょうに」

 シヤヒーンが無表情のままそう言い放つと、ジンは拳を握り締め、下を向いたまま歯を食いしばる。


「だが、楽しみにしていたんだぞ? これを楽しみに今週の仕事を乗り切ったんだぞ?

 本当は夜のはずだったのに、それをいきなり今日の昼間に繰り上げて、しかも前日になって俺に通告した挙句に外で絨毯の勉強をしてこいとか、それはあんまりだろう?」

「情けに訴えかけられても無理なものは無理です。 文句なら、女王陛下にどうぞ」

 言った瞬間、きっと大の大人を一撃で沈めるような蹴りが飛んでくる。


「出来るか、そんな事が!!」

 取り付く島も無いシャヒーンの言い分に、ジンは思わず大きな声を上げた。


 その瞬間、大きな声に驚いてバザールを行き交う人々が思わず足を止める。

 きっと、隠れて警護をしているシャヒーンの部下たちも心臓が跳ね上がっているに違いない。


「目立つような行動はおやめください。 それよりも、早く行きましょう。

 アイーシャ嬢が先ほどからお待ちかねですよ」

 その言葉と同時にアイーシャの手が伸び、ジンの肘に恋人がするそれように絡みつく。

 そして無言で彼をどこかへと引きずっていった。

 まるでサーカスの猛獣使いがライオンに首輪をつけて散歩させているかのような光景である。

 人々は、笑っていいのか哀れんでいいのかよくわからないまま、ただその光景を見送ることしか出来なかった。


「くそっ、俺に味方はいないのか!?」

「むろん、普段の私は貴方の味方でございます。 ですが、今日はこれが自分の仕事ですから」

 大げさに嘆くジンを、シャヒーンはバッサリと言葉の刃で切り捨てる。

 すぐにジンと共謀して脱走するミールザと違い、彼はとても職務に忠実な男であった。

 

 さて、なぜこんなことになっているかと言うと、話は二日前にさかのぼる。

 いつものように、ジンが街で購入してきたプレゼントが小さな絨毯だったのだが……それがひどい粗悪品だったのだ。

 彼が偽物や紛い物を買わされる事は珍しくないというかいつものことなのだが、こればっかりは看過できない。

 絨毯を主力産業としている国の副王なのに、まったく絨毯の目利きが出来ないというのは恥ずかしすぎる……そんな女王シェヘラザードの一声で、今日の体験学習が決定したのだった。


 なお、孤児院の下働きをしているアイーシャが案内役なのは、彼女の実家が王宮にも出入りしている絨毯売りの老舗だからである。

 本人も相当な目利きであり、今でも親に頼まれて絨毯を織ることもあるという、現役の織り子でもあった。


「まずは基本的な絨毯の見かたをご説明しますね」

「う、うむ……頼む」

 アイーシャの実家にたどり着くと、店の使用人たちの手によっていくつもの絨毯が持ち込まれ、目の前に広げられた。

 まるで花畑のようにあでやかな光景だが、ジンにとってはその一つ一つの違いがまったくわからない。

 ――なぜパッと見て綺麗で、気になったからという理由で購入してはダメなのだろうか?

 こと、料理以外については呆れるほど大雑把な男であった。


「絨毯を見る時は、まず裏を確認してください。

 面とほぼ同じ綺麗な模様が描かれているなら大丈夫。

 逆に裏面の絵柄が乱れているものなら、粗悪品です」

 なるほど、めくりあげられた絨毯の裏側は面とほとんど変わらない。


「次に表面を撫でるように触ってみてください。

 本物の絨毯ならば、手触りがまるで違います」

 そういわれておそるおそる触れてみると、確かに触った感触が違う。


「ふむ……おぉ、こっちのはやたらとツルツルした感触だな。

 こっちのは他のものと比べて滑らかだ」

 ジンの感想に頷くと、アイーシャはそれらを一つ一つ手にとって解説を付け加えた。


「はい、つるつるとしているのはシルクが織り込まれたものです。

 これは肌触りも良くて色も綺麗なのですが、どうしても耐久性が落ちます。

 なので、足元に使うよりは壁にタペストリーとして飾ったりすることが多いですね」

「では、こっちの滑らかなものは?」

 そう言いながら、ジンは一番手ざわりが良い絨毯の端を持ち上げた。


「しっかりわかっているじゃないですか。

 それは用意した絨毯の中で一番高級な絨毯ですね。 織り目が細かいので、必然的に手触りが滑らかになります。

 あくまでも基本的にではありますが、絨毯の値段は折り目が細かくて、模様が複雑であるほどに高くなると思ってください。

 なにぶん、手間がかかりますから」

 その解説に、ジンはなるほど……と独り言をもらす。


「模様にもいろいろと種類と名前がありまして、一番代表的なのは中央に円形の大きな柄の入ったヘクマトネジャド。

 まずほとんどの絨毯の模様がこのデザインのものになるでしょう」

 その言葉とともに広げられた絨毯は、真ん中に楕円形のメダルのような部分があって、そこだけ色が違う……なるほど見慣れた感じのデザインだった。


「他には、絵画のように一枚の絵を織り上げたタスヴィーリー。

 ただ、神の教えは偶像崇拝を禁止しておりますから、このように絵画のようなものは禁忌すれすれですね。

 これは近隣の絨毯を作る国々でもシャフリアール王国だけしか作りません」

 そう言いながら広げられた絨毯には、戯れる獅子の番の絵が描かれている。

 しかも、雌の獅子が腹を見せた雄の獅子の上にのしかかるという構図だ。

 これが何を暗喩したものかは、見る人が見ればすぐにわかってしまうだろう。


「お前の実家……なんというものを売りさばいている」

「あら、最近人気の図案なんですよ、これ?」

 思わず眉間に皺を寄せたジンだが、アイーシャは笑いながらジンにとって屈辱的なその絨毯を丸めて仕舞いこんだ。

 現実に即しているとはいえ、男としてはなかなか受け入れがたいものがある。


「それから、四角い区切りを多用して庭園をイメージしたヘシュティなどというものもありますね」

「ほぅ? 俺は好きだな、このデザイン」

 それは市松模様のように格子状の枠があり、その中に樹木や花の抽象画を織り込んだようなデザインだった。

 たしかに他のデザインと比べるとすっきりとしていて、男性的と言えなくも無いだろう。


「あとはシェヘラザード陛下がお好きなゴルダーニという、花と花瓶をモチーフにした絨毯もよく見るデザインです。

 よろしかったら、贈り物としてお一ついかがですか?」

 暗い色合いの中ににあでやかな薔薇をちりばめた模様の絨毯を取り出し、アイーシャがちゃっかりと商売を始めてしまうのだが、ジンは大きく首を横に振った。


「残念だが、あれは高貴な薔薇よりも愛らしい雛罌粟(ひなげし)のような模様のほうが好きなのだ。

 色もオレンジなんかの明るい色合いのほうが好きなようだし……

 ちなみに、部屋の中はなかなか愛らしい趣味をしているのだぞ?」

「まぁ、しっかり好みをご存知なのですね。 少し……妬けてしまいますわ」

 実は、粗悪な絨毯を買ってきた中で唯一、女王の趣味をよく知っていた事だけは褒められたジンである。


「さて。 普段ならそろそろお茶を出す頃なんですけどね」

 のどの渇きを感じたのか、ふとアイーシャがそんな言葉をつぶやく。

 断食月(ラダマン)の時期は、水はおろか唾を飲み込むことですら(はばか)られる時期だ。

 茶などもってのほかである。


「しかし、絨毯屋というのは喫茶店みたいな場所なのだな。 店の中からかなり本格的な茶の香りがするぞ」

「ええ、絨毯屋はお客様に茶を出すのも仕事のうちですからね。

 ちなみに、絨毯を買っていただけなくても茶は飲んでいただいて構いません」

「……そうなのか。 この国の交渉文化は複雑だからたまにわからなくなることがあるんだ」

 実はこの国にはターロフ文化というものがあり、日本人の遠慮をさらに突き進めたような代物である。

 街角で果物などを勧められて、「タダでいいよ!」といわれても、実は社交辞令だったということが多々あるのだ。

 なお、茶に関しては3回すすめられたら本当に茶を振舞いたいのだと判断してよいといわれている。


「ふむ、もしよければだが、今回の授業のお礼に茶菓子の作り方を一つ伝授しようか?

 もとちろん、遠慮(ターロフ)抜きで」

「まぁ、それは助かりますわ!」

 アイーシャが手を叩いて喜んだ……その時だった。


「よくも粗悪な絨毯を売りつけたな、この悪徳商人め!!」

 いったい何事だと声の主を探せば、なまりのキツい言葉で怒鳴り散らしている一人の青年が店の人間を相手になにやら怒鳴り散らしている。

 青年の手には座布団ぐらいの小さな敷物があり、どうやらその品質に不満があるらしい。


「あらあら、あの方、何か勘違いしていらっしゃるようですね」

「何が勘違いだというのだ! これを見てみろ!!」

 アイーシャの声を聞きつけたのか、青年は彼女に向かってキツと視線と言葉を投げつけながら手にしていた敷物を突き出す。

 だが、それを手にしたアイーシャは、その敷物を手にとってよく見てからニッコリと微笑んだ。


「いい粗織り(ギャッベ)じゃないですか。 良い買い物をなさいましたね」

「良いわけがあるか! 見ろ、この目の粗さを!! お陰で、酒場で地元の人間と話をしたときに恥をかいたぞ!!」

 顔を真っ赤にする青年だが、その瞬間にアイーシャの気配がかわった。


「……恥? このギャッベを恥だとおっしゃったのですか?」

 その天使のような笑顔の裏から、底なしの淵を思わせる闇が滲む。

 全身の毛が逆立つような悪寒を感じながら、ジンはやっちまったとばかりに顔を手で覆った。


「どこのどちら様でしょう。 我がカシューヴィー族の魂とも言うべき粗織り(ギャッベ)を恥だとおっしゃったのは」

「さ、酒場で知り合った人間が言ったのだ。 シャフリアールの絨毯は目が細かいほど高い。 だから、そんな粗い目の織物はゴミだと」

 その時、店の片隅でこちらの様子を見ていた客の誰かが囁いた。

 ――実際、ゴミみたいな織物じゃねぇかよ。


「ゴミではありません!!」

 その方向をキッと見据え、アイーシャが珍しく声を荒げて叫ぶ。


「いいですか、ギャッベとは遊牧の民であるカシューヴィー族が、家族のために愛をこめて織ったものです!

 たしかにこのテヘルの街ではゴミのような扱いを受けてはいますが、西のオスムやロマーナでは大変珍重されているのをご存じないのですか!?」

 いつもニコニコしている彼女がこんな大声を上げたのを聞くのはかなり珍しい。

 よほど腹に据えかねているようである。


 ――だが、これは客商売としてあまりよくないな。

 ひとつフォローを入れておくか。


「ふむ、ではそのギャッペと言う織物についても教えてもらえないだろうか?」

 熱く語るアイーシャをなだめるようにジンが声をかけると、アイーシャは思わず両手で目を覆って萎縮してしまった。

 本来、彼女はとても穏やかでつつましい性格なのだ。


「あっ……申し訳ありません。 つい、一族のことを悪く言われカッとなってしまいました」

「良い。 許す」

 そしてジンは、ほんのりと淡い笑みを浮かべると、毒気を抜かれて呆然としている青年に目を向けた。


「俺は今、この店で絨毯について勉強中なのだが、よろしければ一緒に学んでゆかぬか?」

「むっ……そ、それはありがたいが……」

 思いもよらない提案に青年は戸惑うような表情を見せる。

 だが、ジンがその獅子のような顔で妙に押しの強い笑みを浮かべると、青年は困ったような顔でぎこちなく頷くしかなかった。

 そしてアイーシャもまた落ち着きを取り戻すと、ジンと視線を合わせてから一つ頷いて求められた役割を果たし始める。


「では、まずギャッペというこの織物の産地についてご説明しましょう。

 これは、この街からずっと南、私の一族の故郷であるツァクロース山脈の囲まれたティラジシュの地で作られる織物でございます」

 それは古都イスファカーンをはさんで更に向こう、人の足では一月半はかかるであろう遠方の地名であった。

挿絵(By みてみん)


「この地方の民は遊牧を行っておりまして、その黒山羊の毛で織ったテントの中に敷く織物を、編み目が粗いことから他の地域の住人たちからつけられた名前が粗い織物(ギャッペ)なのです」

 それはおそらく不名誉の代名詞として名づけられたものなのだろう。

 その名の由来を語るアイーシャの表情はやや苦い。

 

「ギャッベは厚みの薄いシャフリアールの一般的な絨毯と違い、熱を遮断するために遊び毛を作ってかなり分厚く作られます。

 そのまま敷布団代わりの寝具としても使用できるようになっているので、ふわふわと肌触りが柔らかいのも特徴でございますね。

 さらに手結びで頑丈に作られておりますので長持ちしますし、洗うのも簡単です」

「ほう? ずいぶんと多機能な代物だな」

「はい。 なにせ草原地帯の地面に敷き、床として使う実用品でございますから。

 材料も、春に刈った背中から尻にかけての羊毛だけを利用しているので、汚れにも虫にも強いのです。

 使ってみてはじめて良さがわかるような織物なのですよ」

「アイーシャ、なかなか売り文句が上手いな。 さすが絨毯売りの娘だけの事はある」

 ジンが褒めると、アイーシャは答える代わりにニッコリと笑い、誇らしげに胸を張った。

 しかし、そこで疑わしげな視線がアイーシャに向けられる。


「だが、酒場の人間は大きさも不揃いだし模様も繊細さに欠けると言っていたぞ」

 そう発言したのは、隣でじっと説明を聞いていた外国人の青年であった。

 たしかに言われてみれば、出されてきたギャッペは一つ一つの大きさが違う。

 縦横の比率も異なっており、手作り感が満載だった。

 だが、それゆえに別の価値も出てくることに、この若者は気づいていないのだろう。


「そこは個人の主観でございましょう。

 たしかに私の曽祖父がこの店を開いたとき、ギャッベはこの国の見住人に向きもされませんでした。

 ですがある日、ロマーナのさらに北西にある国の商人が、そのデザインに一目ぼれして店にあったギャッペを全て買い込んでいったと言います。

 なんでも、そのあたりの国ではギャッベの素朴なデザインが好まれるのだとか」

 その逸話に、ジンは深々と頷いた。

 実はこのような価値観の違いは地球でもよくあることである。


「つまり、国内では評価が低いが、国外では評価の高い代物と言うわけだな?

 おまけに、一つ一つが手作りで不揃いだからこそ、世界に一つしかないという価値がある」

 だからこそ、この商品は交易品として扱って初めて価値が出てくる代物なのだ。

 土産物にするなど少々もったいない、特に最近流通が盛んになってきた北の国々を相手に売るならちょうどよさそうな代物である。


「さすがジン様。 よく分かっていらっしゃる。

 おそらくそのあたりも踏まえて、ウチの店の者が自信を持ってお客様にギャッベをお勧めしたのだということです」

 アイーシャがそう締め括ると、青年はハァと思いため息を吐いた。


「なるほど、事情はよく分かった。

 だが、私は妹の婚礼を祝うために芸術品として名高いシャフリアールの絨毯を買ってくると約束したのだ。

 ギャッベの価値はよく分かったが、これを故郷に持ち帰れば、この国を良く知る者たちから私は笑いものになってしまうだろう」

「……失礼ながら、ご予算はどのぐらいで?」

 気まずそうにボソボソと呟く青年に、アイリーンは嫌な予感を覚えつつ問いかける。


「ちょうどこのギャッベを買ったぐらいの予算だ。

 正直、もう一枚絨毯を買うような予算は無い」

 すると、アイリーンは目を伏せたまま沈痛な面持ちで首を横に振った。


「残念ですが、その金額でよい絨毯を買うというのは不可能でしょう。

 その値段で購入できるのは、偽物か国外の模造品かよほどの粗悪品ですね。

 この国の絨毯はとても高価なのです」

「そ、そうか……」

 しょんぼりと肩を落とす青年だが、こればかりはいかんともしがたい。

 アイリーンの実家だって、生きる糧として絨毯を扱っているのだ。

 それに、下手な値引きはこの国の絨毯の価値を貶めることになる。


「……ふむ。

 では、俺がその代金を貸してやるというのはどうだ?」

「ジン様、いったい何をお考えなのですか?」

 いくら人に甘いジンでも、何の条件も無しに行きずりの相手に絨毯を買う金を貸すような事はしないだろう。

 本人がやりたくても、シェヘラザードが黙っていない。

 ……となると、何か代償を考えているということになるが、こういう時に限ってこの男は周囲が思いもよらないことを考え付くのだ。


「なに、この青年、この国の言葉がえらく流暢だと思ってな」

 そういわれて、アイーシャもハッとなる。

 たしかに外国人独特の訛りは強いものの、会話に差し支えない程度のものである。

 多少専門的な言葉でも問題なく理解できているあたり、なかなかの語学力だ。


「あ、あぁ。 実はこの国で作られた詩が好きで、この国出身の奴隷から子供の頃に教えてもらったんだ」

「ほぅ? それは光栄なことだ。

 その語学力を見込んで、一つ話があるのだが……」

 そのままジンは青年を近くのテーブルに引きずり込むと、なにやらと悪巧みを囁き始めた。


「え? 俺を絨毯商人に!?」

「まぁ、実際には君の名義を借りたいということだな」

 ジンがイメージしたのは、日本の各都道府県が東京に展開しているアンテナショップであった。


「まぁ、上手く行くようならばいずれこの国の特産品を売る大きな店を作ろうと思っている。

 いわばその手配のようなものを君に頼みたいのだ」

 よくよく話を聞いてみると、この青年、下級とはいえロマーナ王国の貴族だというではないか。

 ならば、その人脈を伝っていろいろと条件の良い場所を押さえようという腹である。


「はぁ……まぁ、あんまり期待しないでくれよ?

 こちとら、ジュド族の借金取りに頭が上がらない貧乏貴族なんだからな」

「なに、ジュド族が相手と言うのならばいくらでも後ろ盾になってやろう」

 なにせ、すでにジュド族とは派手に喧嘩をした間柄だ。


「あんた……いったい何者だよ」

 いぶかしげな目で見つめるロマーナ貴族の青年に、ジンは苦笑いを浮かべながら答えた。


「嫁への贈り物に安物の絨毯を贈ったせいで、こっぴどく叱られてしまった哀れな亭主だよ」


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