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千夜の晩餐  作者: 卯堂 成隆
第九夜 不実な蒼生の話
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第十六節 天国の中に立つ人

 テヘルの街を立ってから6時間。

 西に傾いた太陽と共にジンとシェヘラザードの乗ったモノレールはアモルの街に到着した。


 住人たちから盛大な歓迎の声の中、国王夫妻は歓迎式典に出席するためマザンダーラ地方の首長の屋敷へと向かう。

 だが、誰もが笑顔で迎える中、まるで絞め殺される前の羊のような顔をした一団がいた。

 ……この式典をまかされた料理人たちである。


「ふむ、ずいぶんと気苦労をかけたようだな」

「め、滅相もございません」

 ジンが真面目な顔で料理長をねぎらうと、彼は今にも倒れそうな顔で力なく返事を返した。


「今日の料理はジンのレシピを元にして作ったものらしいな。

 なんでも、その料理を元にモノレールの各駅で販売する料理を決めるそうではないか。

 楽しみにしておるぞ」

「ははい、ぜん、全力を……コフッ!?」

 だが、シェヘラザードがそう声をかけると、料理長が血を吹いて倒れた。


「な、なにごとじゃ!? まさか、暗殺者の襲撃……」

「いいや、ただのストレスだ。 むしろ気にしないでやってくれ」

 ジンは沈痛な表情で料理長を休ませるように支持を出すと、自らが料理長の代わりを務めるべく厨房に入っていった。


 考えても見て欲しい。

 気に入らない食事を作った求婚者を何人も処刑台に送りこみ、先の料理選手権では大賞受賞者無しの判断を下した女王が自分たちの料理を食べるのである。

 料理人たちが胃を患うのも無理はない。


「うぅむ、民には優しいつもりであったのだがのぉ」

 だが、料理には厳しい女王様であった。


***


 やがて歓迎式典が無事に終了すると、ジンとシェヘラザードは侍女や近習を遠ざけてから寝室に入り、二人だけの時間を楽しんでいた。


「ジン、外がやけに賑やかじゃな」

「あぁ、またモノレールが到着したのだろう」

 時間からすると、おそらく今日の最終便だ。

 新しいものが好きなテヘルの市民の間で、今日の便のチケットは取りあいにまでなったという。

 だが、おそらくそのチケットを手に入れた者は一生の記念となるに違いない。


 そんなふうに二人がくつろいでいたときであった。

 近習が寝室のドアを叩き、来客があったことを告げる。


「……あの、ジン様。 一つ見ていただきたい物があるのですが、お時間をいただけないでしょうか」

 外から聞こえてきた声は、ジュド族であるイライのものであった。


「見せたいもの?」

「はい。 一方的なわがままである事は百も承知なんですが、どうしても知っておいていただきたいことがあるんです」

「わかった」

 今日の公務はすでに終了しているし、せっかくなので夜のアモルの街を歩くのも悪くない。

 このあたりでは、様々な種類の鱒が取れるとの事なので、実はジンとしても食べある気がしたかったところなのだ。


「私も行こう」

「陛下!?」

 止めるまもなく、シェヘラザードが質素なブルカを取り出した。

 最初からお忍びで外に出る気だったとしか思えない準備のよさだ。


「ジン、今日の夜食は外で食べぬか? 豪勢な食事は少し食べ飽きた」


 だが、それに難色を示したのがイライであった。

「いえ、でも、今から行くところは女王陛下をご案内できるようなところでは……」

「それで言うなら、ジンも副王だぞ。 なぜ私はダメなのだ?」

「わ、わかりました。 女王陛下にも見ていただけるなら、たぶんそのほうがよいことなのでしょう」


 シェヘラザードにここまで言われてなおも逆らえる存在など、この国に五人もいないだろう。

 近習たちには隠れてついてくるようにと目配せをし、シェヘラザードとジンはイライの案内でアモルの街に飛び出した。

 

「ここは……」

 案内されたのは、予想と違って繁華街とは程遠い、ひどく寂れた場所であった。


「アモルの街の貧民外の、そのまた奥に隔離された場所でさぁ」

「つまり、ジュド族の居場所か」

「その通りです。 この街はジュド族への迫害がわりと緩いので、この国にいる貧しいジュド族のほとんどはここに住んでます」

 すると、イライは薄汚い地面に跪き、ジンとシェヘラザードに向かって頭を下げた。


「俺たちジュド族は、流浪の民です。

 しかも、他の民族からは妬まれて、憎まれて、どこにも居場所なんてない」

「それは知っている。 だが、なぜこんなところにつれてきた?」

 ジンは困惑したかのようにイライにたずねる。

 この国にしてみれば、彼らは勝手にやってきて、勝手に住み着いた異邦人だ。

 哀れだとは思うが、それはジンやシェヘラザードとは何の関係も無いことである。


「ただ知って欲しかっただけなんです。

 この国でもただの敵役として語られる俺たちの本当の姿を。

 裕福な奴なんて、ほんの一握り。

 大半のジュド族は、仕事もなく、金もなく、憎まれながら極貧の生活を送っている」

 だが、シェヘラザードはひどく冷たい視線を向けた。


「知ったところで何だというのじゃ?」

「わかりません。 たぶん、ただ貴方たちにジュド族を憎んでほしくなかっただけだと思います」

 今、この国は権力と財力を得たジュド族によって大きな痛手を被っている。

 だが、全てのジュド族がこの国に対して敵対的な行動を取っているわけではなく、このようにただつつましくその日を暮らすのが精一杯であるジュド族もいるのだ。


 おそらくイライはこう言いたいのだろう。

 ――『だから、このようなジュド族まで敵としてみるのはやめてくれ』と。


「つまり、迫害しないでほしいということだな。 だが……それは無理じゃ」

 イライの望みを、シェヘラザードは冷たく切り捨てる。


 そもそも……女王であるシェヘラザードが憎むのをやめよと言っても、おそらく民は聞く耳を持たない。

 表立っては迫害することが出来なくなったとしても、その分憎悪は深くなる。

 影でより苛烈な迫害が始まり、その嫌悪は王であるシェヘラザードにまで及ぶかもしれない。

 王権を守るべき立場としてそれは避けなければならない事案であるし、迫害や嫌悪と言うものは、もっと違う方法で戦わなくてはならない敵だということを、彼女は知っていた。


 それに……

「お前たちは自分たちを愛し、それ以外はどうでもいいと思っているであろう?

 自分たちを迫害するような奴らなんて、破滅してしまえばいい」

「ち、違う!」

 思わず顔を上げて否定するイライだが、シェヘラザードは首を横に振った。


「違わない。 そして私たちも同じだ。

 そして、私はお前たちの団結力を侮れないと考えている。

 油断すれば、お前たちはこの国に根付いて支配してしまうかもしれない。

 ならば、私は自分の民をお前たちから守るために迫害しなければならないのだ」

「そ……そんな!?」

 人としてあまりにも冷徹であり、だが国の支配者としてあまりにも正しい理屈。

 何が悪いかといえば、同じ人間をジュド族とシャフリアールの民に分けてしまった人々の認識が悪だというべきであろう。

 だが、現実に分かたれてしまっているのはもはや仕方がない。


「私たちは永遠に争い続けるだろう。

 神の約束したその日が来るまでな」

 シェヘラザードの言葉は、絶望となってイライを打ちのめした。


「けどなイライ。 そこで諦めたら終わりなんだ」

 そう告げながら、ジンはイライの横をすり抜け、この場の様子を震えながら見ていた一人の子供の前に膝をついた。


「可愛そうに、痩せているな。

 いいものをやろう。 甘いぞ」

 そう言いながら、ジンは懐から宝石のように透明で色鮮やかな塊を取り出した。

 そして微笑みながら、呆然としている子供の口に放り込む。


「……甘い」

「そうか、よかったな」

「ありがとう、おじちゃん。 でも、私だけもらっていいの?」

「それはよくないな。 では、これをみんなに分けてやるといい」

 ジンがポケットから手を出すと、その広い掌一杯にキラキラと宝石のようなものがきらめいていた。

 ――琥珀糖。

 このアモルの駅の名物としてジンがレシピを提供した菓子であり、れっきとした和菓子である。


 たちまち、歓声を上げて近くの子供たちが駆け寄ってくる。

 そんな子供たちに引きずられるようにして、大人たちまでもが好奇心にかられてやってきた。


 やがて他愛のない会話が交わされ、そこから笑顔と笑い声が生まれ、ジンが近くの家の台所を借りて簡単な料理を作り始めると男たちがなけなしのワインを持ち込み、次第に貧民街の一角が小さな祭りのような雰囲気になってゆく。


 そんな様子を少し離れたところで眺めながら、シェヘラザードは呟いた。


「イライよ、あの男はこの世に自分の国どころか同胞すらいない」

「なんですと!?」

「だが、あれほど愛される男も少ないだろう。

 なせだかわかるか?」

「……お、教えてください、女王よ」

 自分たちの同胞がまるで旧知の友人のようになってゆく魔法のような光景を見ながら、イライはその答えを渇望した。

 それがわかるならば、ジュド族の迫害を消し去ることも出来るのではないかと思ったからだ。


「それはな、ジンがどこの民でもなく、ただ人であろうとするからだ。

 奴の目には、ジュド族もシャフリアール国民もなく、ただ人としてしか映っておらぬ。

 まるで、堕落の都に築き上げた塔を神が砕く前、いや、そのはるか昔に失われた楽園からやってきたような男よな。

 ……始まりの人アーダムであれば、そのような目で世界を見ることも可能かも知れぬ」


「なんと……なんとうらやましい」

 イライが顔を歪ませながら呟く。

 全ての人がそのような目でこの世界を見ることが出来たなら、この世はどんなに幸せなことだろうか。

 だが、それがいかに困難であるかを思い、イライは唇を血が出るほど噛みしめる。


「ほんに、うらやましい男じゃ」

 シェヘラザードの愛しげなまなざしの先では、厳ついアーダムが人々の笑顔に包まれて笑っていた。

 まるで、天国の中に立っているかのように。

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