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千夜の晩餐  作者: 卯堂 成隆
第九夜 不実な蒼生の話
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第九節 悪夢のごとき冴えたやりかた

 ガラス工芸を伝承するアナビアンの一族は、少し前から奇妙な客を迎えていた。

 それは見たことも無く大きな体と逞しい体、そして伸びた髭と髪を獅子の鬣のようになびかせた男前で、その恐ろしげな見た目とは裏腹に繊細で多彩な料理を作り出すという……実に奇妙な男である。


 かといって胡散臭いという感じではなく、むしろ人が良すぎてお前すこしは疑えよと言いたくなるほど暢気で、野獣よりも鋭い目をするかと思えば妙に人好きのする笑顔で笑い、なぜか憎む気にもなれない。

 なんとも距離が取りづらいというか、気を抜くといつの間にか隣にいるような有様で、閉鎖的な村の男たちからすると、もう助けて、こんなの俺たちの知らない生き物だよと叫びたい気持ちで一杯である。


 夜になるといずことも無く姿が見えなくなるので、技術を盗みに来た不届き者かと思いきや、彼は親戚関係にあるファラスの一族の若頭の身分保障つきなので文句も言えない。

 なによりも、彼自身はガラス細工の技術にはまったく興味を示さず、もっぱら村の噂話に終始していた。

 

 少なくとも見る限りは善人で、盗人としては無能である。

 そんな男――麻戸(あさど) (じん)の姿が今日は見えない。


「……どこにいったんだろうねぇ」

「今日はファラスの集落に出かけたらしい。

 まぁ、あんな暑苦しい奴でもいないと寂しいもんだな」

 村人たちはそんな彼のことを噂しあう。


 だが、そんな他愛も無い噂話も、すぐに仕事の予定によって押しつぶされた。

 どれだけやってもちっとも報われない仕事だ。

 それと言うのも、長の一人息子がジュド族の商人に騙されてろくでもない契約を押し付けられたからである。


「あぁ、神よ。 いますぐあの馬鹿息子とジュド族に罰をお与えください。

 試練なら、たぶん一生分受けております」

「よしなよ……悪いのは、ジュド族の商人なんだから」

 そう、あんなことさえなければ、ファラージはやんちゃではあったものの愛すべき少年であった。


「わかってるよ。 だけど、そう思わないではいられないのさ」

 本当なら、誰だって自分の身内の事なんか悪く言いたくは無いのだ。

 ファラージの失敗も、馬鹿だなと笑って許したいのである。

 だが、それが出来ないほど自体は逼迫していた……


 さて。

 その頃、村人の話題の男はというと、ファラスの集落の長の家で平伏されて困惑していた。


「いや、そこまでかしこまらなくても良い」

「そ、そう言われましても……なぁ、レナン」

 ファラスの長は、彼の息子である若頭――ジンをこの地へと案内してきた代表の男に目配せをする。

 だが、レナンはため息と共に首を横に振るだけ。

 その反応に、ファラスの長はガックリと肩を落とす。


「無駄だよ、親父殿。 この方に形ばかりの礼儀なんて意味が無いから」

 村一番のキレ者と呼ばれた男は、もはやジンの成すことに口を挟む気力を失っていた。

 とにかく、この男にはあらゆる常識と言う物が通用しない。


 空を飛ぶ絨毯に乗って、一ヶ月はかかる距離を半日で飛び越え、現地に到着するなり身分を隠して現地調査をしたいと言い出したのだ。

 しかも、レナンの保証があったとは言え、あっという間に村人の間に溶け込んでしまい、もはやほとんど疑いすらかけられない。


 そしていったい何をするかと思えば……

 おそらく、今では誰よりもアナビアンの一族の恋愛事情に詳しいだろう。

 わざわざ平民の振りをしてまで潜り込んで、調べることが恋話とは何を考えているのか?

 まったくもってわけがわからない。


「そんな事よりも、鉄道事業の件の協力をよろしく頼みたい。

 これは皆の同意が無ければ出来ないことなのだ」

 レナンたちの困惑をよそに、ジンは真面目くさった顔で要望を伝える。

 おそろしいことに、この一連のふざけているとしか思えない行動について、彼は一貫して本気で取り組んでいた。

 そう、一切の遊び無しでだ。


「はぁ……貴方様であれば、ただ命令すればそれで済むでしょうに。

 我々ファラスの者も、ワシの妹の嫁ぎ先であるアナビアンの部族をお助けいただけるなら協力は惜しみませぬ」

 だが、それについて族長は大きな不安を抱いていた。

 やってきたジュド族の商人を無礼打ちにでもしてくれるなら話は早いのだろうが、今のこの情勢で結束の固いジュド族に対して行えば、アナビアンの部族は助かったとしても国が傾いてしまいかねない。

 何を考えているのかサッパリわからない男ではあったが、すくなくともそんな間抜けで短慮な行動を取る男ではないだろう。


「副王閣下、一つ教えていただきたい。 いかにしてアナビアン氏族を救うおつもりか?」

「うむ、そろそろ良いだろう。 実はな……」

 そしてジンから伝えられた策の、その内容を聞くにつれて、族長の顔とレナンの顔がどんどん青くなって行く。


 ――この男、やっぱり狂ってる。

 それが二人の出した答えだった。


「そ、それは詐欺ではございませんか! しかも、まともではない! そんな話は筋が通らない!!」

「だが、他でも無い俺がやるならば通じる。 そうだろう?」

 にっこりと笑って答える姿に、族長とレナンは全身に寒気を覚える。


「た、たしかにその通りではございますが……」

「武力も用いず、ただ話し合いだけでいい。 しかも相手の同意すら必要ない」

 彼らは思い知る。

 この世には、聞くものが恐怖すら覚えるような冴えたやり方があるということを。


「それならば確かに救うことが出来るでしょうが、な、なんと恐ろしいことを……レナン、お前がこのお方を敵に回したくないという判断は間違ってなかった。

 ワシはこんな恐ろしいことをお考えになる方を敵に回したくないぞ」

 全身に冷や汗をかきながら震える族長に、レナンはただ頷くことしか出来なかった。


 この後、アナビアンの集落は『獅子に滅ぼされし村』として、長く語り継がれることになる。

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