第六節 我らが希望は空を歩く
「で、我が義理の従兄弟殿は楽しそうにしていたか?」
夜、いつものようにジンの作った夕食を食べながら、女王はふと思い出したかのようにジンへとたずねた。
「……それはもう。
なにせ現行犯な上に、過去の犯罪を証言するイライがそこにいたからな。
大義名分が成立し、俺が許可を出したとたん、笑いながら突入していったぞ」
そのときの光景を思い出したのか、ジンはその男臭い顔に苦い笑みを浮かべる。
一罰百戒の意味もあるのでわざとやりたいように任せたのだが、捕まったほとんどのジュド族が犯罪奴隷として働くことも出来ない状態になったのは少し予想外であった。
「あの猟犬め。 あいつはもう少し抑えることを覚えてもらわんと困るな」
「まぁ、そこも主としての技量が問われていると思え」
ジンの困った顔を見て、シェヘラザードはクスクスと笑みをこぼす。
「厳しいご意見、どうもだ」
俺の他の誰があんな狂犬を飼いならせるというんだ……と、小声で呟くと、ジンは女王のために茶を淹れ、神の厨房から作りおきの茶菓子を取り出した。
今日の菓子は、ジュド族の祭りで作られるオズネイ・ハマン。
クッキー生地の端を折り曲げて三角錐の形にし、中に出来た隙間にジャムを詰め込んだものである。
「まぁ、そんなわけで……最良の結果とは言いがたいが、贋金づくりのアジトはあっという間に壊滅し、国内の銀貨の価値が低下して余計に銀が流出する危険は防がれたというわけだ。
少しは褒めてくれよな」
「うむ、褒めて使わす」
適当な返事を返しながらオズネイ・ハマンを齧ると、中からイチジクのジャムがにゅるりと飛び出した。
その指についたジャムをジンの口の中に突っ込んで綺麗にすると、シェヘラザードは楽しそうに次のオズネイ・ハマンにかじりつく。
「おお、今度は薔薇のジャムか。 美味であるぞ」
「もっと真面目に褒めろ!」
「無理じゃ。 我を笑わせるな。 むせるであろうが」
「……ひどい嫁だ」
そう言いながらジンが肩をすくめると、シェヘラザードは満足そうにフフフと笑い出した。
そしてそのままジンの後ろに回りこみ、その胸をジンの頭に押し付けるようにして抱きしめる。
「おぬしがそんな可愛い顔をしているのが悪い」
「……ちょっとベッドの中でお話しようか、シェヘラザード」
「くっ、お前、今日の仕事はどうするのじゃ! 今から店を開けるのじゃろうが!」
「今日は休みだ」
逆襲とばかりに女王の体を捉えると、ジンはそのまま逃げようとする女王を引きずって寝室へと運び込んだ。
……娘の世話も乳母がやっているので、子持ちのくせにこの夫婦やりたい放題である。
「そういえば、あのジュド人の肉屋はどうなったのじゃ?」
「イライならあの店を正式に譲り受けて、精霊たちから海の魚を仕入れつつ元気にやっているらしい。
アイディンと精霊たちに頼んで、元凶となった老人から摘出した眼球を左目に移植してやったせいか、今ではずいぶんと性格も明るくなったそうだぞ。
とりあえずめでたしめでたしだ」
臨戦態勢に入った夫への抵抗とばかりにシェヘラザードが世間話を持ち込むと、ジンはシェヘラザードの服をなれた手つきで剥ぎ取り、今度は自分の服を脱ぎながら答えを返した。
「それで? ジュド族による贋金事件は解決したかもしれんが、わが国の危機は未だそのままじゃぞ。
いかがするつもりじゃ?
なにやら奇妙な事をしていると聞いているが」
「奇妙なことじゃない。
前にちゃんと説明しただろう?」
ボスンと音を立てて寝台に飛び込みながら、ジンは笑ってその言葉を呟いた。
「鉄道事業だ」
***
この国の利点は、非常に東西に長いことである。
そのため、東のサルタン王国から西のオスム王国やフゥトプタハ聖王国までを繋ぐ陸路の要所として古くから非常に栄えてきた。
「……というわけで、その東西を鉄道で繋ぐことにより、ラクダや船とは比べ物にならないほど快適ですばやい運送を提供する。
そして、俺たちが流通を支配することで、ジュド族の商人たちの存在意義をなくしてしまうという計画だ」
真夜中の寝室に、ジンの低い声がけだるげに流れる。
だが、シェヘラザードの目は退屈だといわんばかりに半ば閉じられていた。
――なぜこんなことをしているかと言うと、寝室に攫ったまでは良かったものの、すぐにシェヘラザードの体調があまりよくないことが発覚したからである。
そんなわけでお預けを食らってしまったジンであるが、よりにもよって気を紛らわすために政治の話を持ち込んでしまったのであった。
いくら女王とはいえ、女性を相手にするには悪手だと本人も理解しているのだが、一度話し始めると引っ込みがつかない。
いつものジンらしくない失敗である。
「まぁ、口で説明するだけではつまらんよな」
そう呟くと、ジンは裸のまま神の厨房の潜り込むと、しばらくしてから巨大な模型をもって寝室に戻ってきた。
「それが鉄道か」
「そうだ。 正しくはランゲン式モノレールと言う。
俺の生まれた世界に存在していた乗り物だ」
そこには長いレールにぶら下がったまま、鋼の乗り物がゆっくりと動いていた。
なぜ通常の列車にしなかったかと疑問に思うかもしれないが、この国の地盤は通常の列車には不向きな場所が多すぎたのである。
岩塩の層や粉状の石膏の層、さらには鍾乳洞や岩塩の溶けたあとの空洞などが多く、綺麗な水が手に入りにくいためにモルタルやコンクリートの作成コストも高すぎたのだ。
そのために列車を開通させるためのトンネルを作ることが出来ず、アイディンからも何かいいアイディアが無いかとたずねられ、思い出したのがモノレールだったのである。
それに、事故が起きたときに逃げ場が無いという欠点はあるものの、盗賊への対策と建設コスト、そしてインパクトの強さを考えると、この方式が一番都合が良かったのだ。
「ジンのいた世界と言うのは、なんとも凄まじいものが動いていたのだな」
「なにせ、空を自由に飛び回り、月にまで手の届くような技術があったからな。
今でも現役で動いている場所はあるが、もはや骨董品に近いだろう」
すると、シェヘラザードはジンの背中に手を伸ばし、縋りつくように強く抱きしめた。
「……今でも帰りたいか? こちらの世界は不自由であろう?」
「ここにきた当初はそう思っていたな」
「今は違うのか?」
「むこうに身寄りは無いが、こっちには可愛い嫁と娘がいる。
それに、よく考えたら向こうにはあまりいい思い出が無いんだ」
自分を抱きしめる細い腕に指をあて、ジンは少し悲しげに呟く。
よほど思い出したくないのだろう……この男が異世界に住んでいたころの話はほとんど聞いたことが無い。
「いつか……お前が自分の昔話を笑って話せる時がきたら、我にも聞かせておくれ」
「そうだな、いつかそんな日が来るといいな」
ジンはシェヘラザードの額に優しくキスをすると、その大きな体をふたたび寝台の中に潜り込ませ、そっと眠りにつくのだった。




