第四節 精霊たちの宴
「まだあまりはっきりした結果は出ておりませんが、結論から言えば相当な数が紛れ込んでいますな」
ジンの問い合わせに対して、サイードの口から苦々しげに言葉が告げられた。
先日の会議でも贋金の問題が議題にあがっていたのでまさかとは思ったが、やはりこの国でも同じような手口であったらしい。
「やはりか。 それで、その贋金の出所は?」
「まだ大本は特定できませんが、どうもジュド族ではないかと思われます」
またか。
最近は悪いことがおきる度にその名前を聞いているような気がして、ジンは露骨に顔をしかめた。
「その様子だと、後手に回っているようだな」
「はい。 こと金に関しては、連中のほうがどうしても上手でございまして」
「なるほどな……」
先日見たイース教徒の商人はずいぶんと扱いやすかったのだが、筋金入りのジュド族とはずいぶんと厄介な相手らしい。
このサイードですら出し抜くかれるのでは、とうてい他の者の手には負えまい。
いろいろと改善のために動き回っているのではあろうが、現時点ではまさに詰んでいるとしかいいようがなかった。
「して、何をするおつもりで?」
期待をこめて告げられた問いかけに、ジンは不適な笑みでもって応える。
「まぁ、まかせておけ……そうだな、まずは宴会を開くか」
「なんですと!?」
「ジュド族の贋金工房の場所を知っていそうな奴らに心当たりがあるんだ。
そいつらに聞く」
サイードがその意味を知り、そのあまりにも破天荒な行動に震え上がるのは数日後のことであった。
***
「ようこそ諸君。 今日は俺の招きに応じてくれて、感謝している」
バクディードの郊外にある、人気の無い広場。
絨毯の上にこれでもかと料理を並べた前で、ジンはいつものように笑顔で客を歓迎した。
だが、その場で働く給仕たちは逆に恐怖でガチガチになっている。
無理も無い。
なにせ、今日の客は……
「おお、こちらこそ感謝している。
このような美味い料理は初めてだし、まさか人間からこのような誘いを受けるとは思ってもおらなんだぞ」
「しかも、魔術師でも修行者でもなく、王族からとはな。 なんとも酔狂なことだ」
どこか皮肉げに笑う客たちであったが、ジンは何故だといわんばかりに首をかしげる。
「それは意外だな。 別に精霊を招いて宴会を開いてはいけないという法はどこにも無いだろうに」
そのまじりっけ無しに本気の台詞に、ジンの元女鬼神であるハーニを通じてその場に集まった精霊や鬼神はどっと笑い出した。
「面白い男よな。 ハーニの奴がほれ込むわけだ」
「名前が我らと同じ精霊というのも面白い」
そのタイミングでジンは楽師役の女奴隷たちに音楽を催促したが、彼らはガチガチに震え上がって使い物にならない。
だが、コレがむしろ普通なのだ。
少しでも精霊たちの機嫌を損なえば、確実に明日の太陽は拝めないのだから。
しかし、これでは踊り子のほうも同じようなものだろう。
あらかじめ予想は出来たものの、ジンは内心で頭を抱えた。
「さて、それでは料理の次のもてなしをしよう。
あいにくと楽師と踊り子は用意できなかったが、かわりに今日は俺が語り部を兼任させてもらおうか」
「ほう、料理だけでなく語り部もこなすとな?」
どこから見ても無骨な武人にしか見えないジンからの申し出に、精霊たちからは意外なものを見たといわんばかりの視線が飛ぶ。
「うむ。 これでも、子供相手にはなかなか評判が良いのだ」
「ぷっ、子供相手……」
「こら、我らと子供を同じにするでないぞ!」
真面目腐った顔で頷くジンの台詞に、ある者は苦笑しつつ文句をつけ、ある者は笑い転げた。
「まぁ、侮る気は無い。 それに、俺の語る話は料理と同じでちょっと普通じゃないぞ?」
そしてジンはこの国で経験した様々なことを面白おかしく語り聞かせ、その物語に触発された精霊たちは、礼だといいながらその辺で固まっていた奴隷たちから楽器を奪いとり、自らが奏でだした。
さらに興が乗ってきた女精霊が踊りだすと、否が応でも場が盛り上がる。
料理も美味いし、場の空気もいい。
これで楽しくなければ嘘と言うものだ。
やがてその空気に毒されるようにして奴隷たちも一人一人とこの宴の中に参加し始め、一時間もしないうちにその場から人と精霊との垣根は消えてしまう。
宴と言うのは、実に不思議で素敵な魔法であった。
そして宴も終焉に近づいた頃、ジンはおもむろに一つの物語を語りだす。
「さて、この物語は俺が今日この目で見て、耳で聞いた話だ。
俺たちがジャガイモと言う野菜を収穫し、それを料理して食べていると、一人の物乞いの男が近づいてきた……」
それは、贋金をつかまされた不幸な肉屋についての話。
そのあまりにも生々しい表現に、精霊たちは顔をしかめ、憤り、嘆き悲しんだ。
「人というものは、時に我らより残酷なことをするものだな……」
「そのとおりだ。 そして、聞くところによると、この贋金を作った奴らはこの国でも同じことをしているらしい」
その言葉に、並み居る客から神の裁きあれと怒りの声が上がる。
彼らもまたこの国の住人であり、地元の人間がよその奴らに言いようにされていると聞くのは気分が悪いのだ。
「それで、我々に何を求める? 我らと名を同じくする者よ」
「ジュド族が贋金を作っている場所を知らないか?」
集まった精霊のなかでもっとも格の高い男がそう尋ねると、ジンはその目をまっすぐに見つめながら堂々と告げた。
「下心を隠しもせんか。 豪胆なことよな」
「そんな意味の無いことをする趣味は無い」
「その意気や良し。
それに、その望みについては我らも思うところがある。
しばし待つがいい、兄弟よ。
必ずや、お前の望みはかなえられるであろう。 ――神がそうお望みであるならば」
その言葉が終わるなり一陣の風が吹き、その場の明かりを全て吹き消した。
突然の闇に、ジンたちは一瞬その視覚を失う。
やがて闇に目が慣れた頃、人間達はその場にいた精霊たちの姿が一瞬で掻き消えることに気がついた。
そして星明りの下、不意に大勢の精霊たちの笑い声が響く。
「……なかなか楽しい宴であったぞ。 またな!」
一際大きな声がそういい残すと、今宵の宴は終わりを告げた。
再会の約束を残して。




