第三節 ある男の不幸語り
「う、うめェ……」
炊き出しの食事を口にすると、その男は天を仰いで涙を流した。
「そ、それはよかったな」
しかし、手放しに褒められたジンではあるが、その顔には尻が痒いと記されている。
相変わらず褒め殺しに弱い男であった。
特に男はおかず用に作ったキブダが置きに召したようで、ご飯がなくなると、別の人が作ったパンにあわせて何度もおかわりをする。
「俺も昔は料理に携わっておりましたが、まさかあの癖の強い鶏の内臓がこんなに風味豊かな味になるとは初めて知りましたぜ。
このジャガイモって食べ物も、どっしりとした味なのに他の味とぶつからなくて、実にいい」
「ほう? 料理人だったのか」
キブダの中のジャガイモをフォークでつつきながら呟く男に、ジンは少し驚いたように声を上げた。
だが、男は軽く首を横に振る。
「自分はイライ・クロヴィッツと申しまして、名の通りジュド族でごぜぇます。
少し前までスーディヤ王国で真面目に肉屋を営んでおりやした」
「それがなんでこんなところで行き倒れているのだ?」
ジンがつい思ったことを口にすると、その男は懐かしむような目をして語りだした。
「その生活にケチがつき始めたのは、今でもヘドが出るほど忌々しいあのジジィのせいでさぁ」
よほど深い恨みがあるのだろう。
呟く声は低く、その眉間に深い皺が生まれる。
「毎日のように現れて、一番いい肉をくれ……
支払いはピカピカの銀貨でしたし、最初は上客がついたと喜んだものでしたが、とんでもない!」
その大きな声に、周囲の視線がイライに集まりはじめた。
だが、続けて放たれた言葉に彼らはさらに驚かされる。
「あのジジィ、支払いを偽銀貨で支払ってやがったんですよ!
えぇ、やつは贋金作りの頭目だったんです!!」
「……それはなんとも剣呑な話だな」
イライの話に、ジンもまた眉間に皺を寄せた。
贋金作りは、国家経済の信用という屋台骨にダメージを与える凶悪犯罪である。
悪影響だけを考えるなら、殺人のほうがはるかにマシだ。
「それである日、役人が俺の店を調べに来て、金庫の中を調べたらほとんどが贋金でしたよ。
お陰で家畜を買い付ける金も無くなり、店は潰れました。
しかも、それだけじゃない……」
激情で震える声をなだめるため、イライはそこで言葉を一度区切る。
「あのジジィ、裏切った仲間を殺して俺の店の倉庫にその死体を隠しておいたんでさぁね。
そして、事もあろうかこの俺を贋金作りの頭目だと、しかもその殺した人の肉を自分の店で売りさばくつもりだったのだと役人に訴えやがって!!」
イライがそう叫ぶと、ジンは黙って彼の手を掴んだ。
そしてその指をつぶさに調べて小さく頷く。
「たしかにこの手は職人の手であるが、その手の細工をする者の手ではないな。
鋳造に携わる連中の手は、あちこちに火傷の痕が残っているものだ。
そして指に出来るタコの位置からして、盗賊のように荒事を行う手でもない。
神の名にかけて断言しよう。 これは働き者の手だ」
「……信じてくださるんですか?」
「このぐらいの事は俺でなくともわかる奴はいくらでもいる。
その程度のこともわからないとは、スーディヤ王国の警吏はとんだ恥さらしだな」
ジンがそう告げると、イライの目からツッと涙がこぼれた。
「あ……ありがとうございます。
俺は殺人の罪でも起訴されたあと、法廷に引きずられる前に近所から袋叩きにあいました。
この左目は、その時に親友だと思っていた男にえぐられたものでさぁ。
無実だったのに……長年……友人だった男も……俺の事は……信じて……くれなかっ……た」
イライは泣き崩れ、もはやまともに会話することすら出来ない。
「ところで一つ聞きたいことがある。
どうやって偽の銀貨を暴いたのだ?」
やがてイライが落ち着いた頃を見計らい、ジンは思いついたように問いかけた。
「あ……それですかい。
俺も聞いた話でしかないんですが、銀貨に硫黄と言うものをこすりつけると、本物なら銀貨が黒く変色するんだそうで」
「なるほどな」
ジンは西洋で銀食器が好まれた理由がそれであることを思い出し、一人頷く。
当時の精度の低い砒素には硫黄が含まれており、それに反応して黒くなるため、毒殺を防ぐことが出来たらしい。
「イライよ。
とりあえず……俺が寺院の管理人に話しをつけてやるから、しばらくはここで暮らすがいい。
街の首長である俺の名にかけて、お前の身の潔白と安全を保障しよう」
「街の首長!? こ、これはご無礼を!!」
「かまうな。 お前に神のご加護があらんことを」
ジンは平伏するイライに手を振ると、そのまま自分の屋敷へと戻っていった。
そしてすぐさま神の厨房を経由してテヘルの街に移動すると、財務大臣であるサイードを訪ねる。
「サイード、急いで確認したいことがある!!」
その珍しく緊迫した声に、初老の官僚は面倒ごとの予感を感じずにはいられなかった。




