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千夜の晩餐  作者: 卯堂 成隆
第八夜 恐るべき暗殺者たちの話
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第九節 疑惑の一皿

「では、これより……女王杯料理人選手権を開催する!!」

 ジンがそう宣言すると、目の前の群集から割れんばかりの歓声が響きわたった。


 そして壇上を降りて控えの場所に戻ると、カンマカーンが拳を握り締めて気合を入れていた。

 あぁ、こいつも今回は参加者であったな……といまさらながらに思い出す。

 ジンは割りと都合の悪い事をすぐに忘れてしまうタイプの男であった。


「ふふふ……ついにこの日が来た!」

「嬉しそうだな、カンマカーン」

 礼儀程度に声をかけると、いつものように偉そうに踏ん反りかえって鼻を鳴らす。

 だが、その口の端がヒクヒクと動いているところを見ると、どうやらいつになく機嫌が良いみたいだ。


「いいか、今日はこの俺が剣の腕だけの男ではないことを貴様に証明してくれる!」

 ジンを指で示して宣言すると、ドスドスと足音を立てながらカンマカーンは会場である寺院の広場のほうへと歩み去っていった。


 まぁ、アレだけ自信があるのならばそれなりに食えるものを出してくるだろう。

 審査もあるし、あとで食いに行くか。

 そう思いつつ、ジンがシェヘラザードのご機嫌伺いに行こうとしたときだった。


「あ、女王陛下からの言伝です。

 カンマカーン氏の料理は絶対に食べるなと」

 後ろに控えていたソニアから、真顔でそんな警告が飛んでくる。


「なんだ、毒でも入れて食わせるとでも言うのか?

 まぁ、あいつらしいといえばそれまでだが」

「いえ、とんでもない味覚音痴で、作る料理が恐ろしいほど辛いそうです」

 呟かれたとんでもない一言に、ジンの足がピタリと止まった。


「何……だと!?」

「なんでも、彼が幼い頃に剣の師についてキナ国に修行に出た時、滞在先の料理がそんな感じだったとか。

 苛椒と呼ばれる調味料なのですが、食べなれない人間はその刺激の強さに腹を下すそうです。

 この大会に合わせて大量に旅の商人から購入したらしいので、確実に使ってくるかと……」

 少なくとも、地球にいた頃は聞いたことも無い謎のスパイスである。

 話からすると、ハバネロやハラペーニョのような代物だろうか?

 いずれにせよ、市民に被害者が出る前になんとかしなければなるまい。


「――胡蝶(パルヴァネ)を呼べ。 大至急だ」

 かくして、ジンによって秘密裏に非常事態宣言が出された。


***


 さて、料理の大会とはいえ、やっている事は祭りである。

 そうなると、料理以外の出し物なども集うわわけで、美味しそうな香りの漂う会場の広場には大勢の踊り子や説法をする修行者(スーフィー)、物語を聞かせる語り部(ラーウィー)がごった返していた。

 流れの楽師がにぎやかな曲を奏で、リズミカルな太鼓の音が心臓の鼓動を跳ね上げる。

 耳を澄ませば、料理の由来を語る口上、菓子をねだる子供の声、商人たちの芝居のかかったにぎやかな交渉……初夏も近づく強い日差しの下、そこを訪れる民衆の顔は誰もが笑顔であった。

 その裏側に蠢く黒い胎動に気づかぬままに。


 そしてジンはというと……貴族や商人を相手の挨拶周りの餌食になっていた。


「副王閣下におきましては、本日もこのようなすばらしい催し物を開かれまして……」

「先日の男子禁制の祭り、こちらのほうにまでも聞こえておりますぞ。

 いくら男子の目を遠ざけたとはいえ、あのようなふしだらな催し物は……」

 とまぁ、このように媚びへつらう輩から、説教をしにきた保守的な部族クラン長老シャイフまで、ひっきりなしに訪れる客のせいでまったく料理を口に出来ていない。


 しかも、面子にこだわるこの国の男たちのことである……一人を相手にすれば別の人物も相手にしなければならなくなるといった按配で、無闇に断ることも出来ないのだ。


「ソニア、あと何人だ?」

「予定ではあと15人ほどですね」

「……そうか」

 ソニアの返答に、ジンが悲しそうな顔でボソリと呟く。

 それだけの人数と挨拶をすれば、おそらく食事をする時間はほとんど残りはしない。

 警備の問題で参加できなかったシェへラザードの気持ちを、ジンは今になってようやく理解した。


「ですが、私の独断により審査をかねた会食と言う形にさせていただきました」

「でかした、ソニア!!」

 とたんにパッと顔を輝かせた獅子男に、ソニアは無表情の中にもほのかな笑みを浮かべ、会食の場へと彼を案内をするのだった。


「ほぅ、これはなかなか壮観だな」

 会食の席に到着すると、広げられた絨毯に上には所狭しと料理の皿が並べられていた。

 そしてジンが女王に化けたハーニの隣に座ると、まずは挨拶をと視線で求められる。

 その手のことが苦手な男は、その太い眉をしかめてムゥと唸ったあと、両手を広げて普段の豪快でにこやかな調子で周囲に語りかけた。


平穏あれ(サラーム)! この度は急な話にもかかわらず、俺の招きに応えてくれて感謝する。

 そして見てくれたまえ、この食卓を。 なんと千差万別で豊かなことか。

 これも神の慈悲と女王の行いの賜物である。

 さぁ、このようなご馳走を前に長々とした挨拶は無粋と言うもの。

 神の慈悲と恩寵に……」

 その時、彼は見てしまった。


「……深く感謝しつつ、この食卓を楽しんでくれ」

 並んでいる皿の中に、一つだけあってはならないものがあることを。


「おい、俺の妻はどこにいる?」

 ジンはすっかり目の据わった顔で隣にいるハーニに小声で問いかけた。


「さぁ、存じ上げませんが?」

 しらばっくれるハーニをよそに、彼はその問題の一皿を持ち上げた。


 ――ペルシャ風(パーシー)卵カレー(エッグカリー)

 異世界の食材を必要とし、ジンのほかには作るところを横で見ていた女王シェヘラザードにしか作ることの出来ない異世界の料理である。



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