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千夜の晩餐  作者: 卯堂 成隆
第八夜 恐るべき暗殺者たちの話
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第七節 能ある獅子は釣りを嗜む

 シェヘラザードが暗殺者の襲撃を受けた翌日。

 ジンは緑の宮(カスル・アフダル)の一室に元女鬼神(イフリータ)であるハーニと胡蝶(パルヴァネ)を呼び出していた。


「悪いな、ハーニ、胡蝶(パルヴァネ)

「いえ、ジン様のお呼び出しとあらば」

「アタシを呼ぶって事は、何か厄介事かい?」

 いつになく硬いジンの声に、二人はすこし緊張しつつも頭を下げる。


「お前も知っているとは思うが、暗殺者が女王を狙っている。

 だが、相手の出方を待つのは趣味じゃないんだ」

「……と申されますと?」

 二人が思わず顔を上げてジンの顔を見上げると、思いのほか穏やかな表情をしていた。

 だが、ここに来る前にジンのいる部屋からいつもの物騒な足踏みが聞こえたところを見ると、どうやらそうとう頭にきているらしい。


 そしてジンは明日の天気でも話すような口調でこう告げたのである。

「罠を仕掛けておびき出す」


***


 翌朝、ジンはいつものように街に降りて、なじみの寺院で朝の礼拝(ファジャル)に訪れた。

 入り口で手を清め、光塔(ミナレット)から流れる礼拝への呼びかけ(アザーン)を聞きながら聖地に向かって頭を垂れる。

 気持ちがスッキリする感覚を覚えながら、礼拝とは義務であると言うものの、ある意味で自分のためにあることでも無いだろうかと、ジンは穏やかな気持ちで考えた。


 礼拝が終わると、こんどは貧民街での炊き出しである。

 神の厨房から大量の食材を持ち出すと、寺院を管理する導師(イマーム)に許可を取ってから、近所のおばさんたちと共に炊き出しを作り始めた。


 作るのはこの国でも一般的な料理で、形以外はナンとまったく同じ作り方をする無発酵のパンと、豆の煮物(ダル・コレシュ)である。

 レシピはとてもシンプルで、ニンニクとクミンとマスタードを炒めてよく香りを出し、そこに昨日のうちに水につけておいた赤レンズ豆をいれて更に煮込むだけだ。


 日本にいた頃はここにトマトや唐辛子を入れて味付けしたものだが、ここでは塩とオリーブオイルを入れて味を調えるだけである。

 ただし、この塩加減さえ間違えなければどっしりとした豆の風味が際立ち、意外なほど味が強い。

 だが、逆に言うと、シンプルなだけにごまかしがきかないのだ。

 

 この絶妙な味の加減を知るために、貧民のフリをして味を盗みに来る料理人は少なくない。

 そしてジンもあえて見逃している。

 

 そして、十分に人が集まったのを見計らってからジンは寺院の目立つところに張り紙を出した。


「おい、みんな見てくれ!」

 ジンが炊き出しを食べている連中に声をかけると、興味を引かれた連中がワラワラと寄ってくる。


「どうしたんだい、ジンさん」

「お、今度はこっちで何かお祭りかい? バクディードでは派手にやったそうじゃないか!」

 何かを期待するような声に、ジンは気をよくしつつ張り紙を平手でベシンと叩く。


「こっちの催し物も楽しいぞ?

 聞いて驚け、このたび、女王陛下じきじきの呼びかけにより、こんな企画を用意した!」

「女王杯料理選手権だとぉぉぉぉ!?」

 その張り紙に書かれた文字を読み上げて、貧民に化けた料理人が素っ頓狂な声を上げた。


 自分の伴侶を料理で決めた事もあって、女王シェヘラザードが食にうるさいのは近隣諸国でも有名である。

 むしろ、今までこんな催しがなかったのが不思議なぐらいだ。


 そして、その大声に釣られたのか、どんどん人が集まってくる。

 ――いい傾向だ。

 腹に一物抱えたジンは、心の中でほくそ笑む。


「そうだ。 このテヘルの街で、誰が美味い料理を作るのか、それを競う大会だ。

 お前らも興味あるだろ?」

 だが、ジンがそう話しかけると、その場にいた連中は揃って微妙な顔をした。


「で、でも、ジンさんが大会に出るとなると……なぁ」

「それに、女王陛下っていうとアレだろ? 気に入らない料理を出した男を次々に処刑したって言う……」

 しまった!

 人垣の向こうから呟かれた声に、ジンは思わず手で顔を覆いたくなる。

 ふだんの行いとはまさにこの事だ。

 

「安心しろ。 気に入らないからといって料理人を処刑するような事はないし、俺は審査員に回る予定だ」

 むろんジンも可能ならば参加したいところであったが、今回は優勝を目指すわけには行かない。

 至極残念そうにそう答えながら、ジンは群集の中に紛れ込む胡蝶(パルヴァネ)の姿を探し、視線で合図を送った。


 さて、獲物の前に餌をぶら下げるのはむしろここからである。

 ジンはこっそり息を整えると、よく通る声で一言付け加えた。


「それから、優勝者には賞金と共に王宮公認の料理人の称号が与えられ、女王陛下からじきじきにお褒めの言葉をいただけるそうだ」

 その言葉に、周囲の者が騒然となる。


「……なんだと!? 俺たち料理人に女王から直接お声をいただけるというのか!?」

「むろんだ」

「優勝すれば王宮公認の料理人って、本当に名乗っていいのか!?」

 それが本当ならば、料理人にとってまたとない財産だ。

 だが、同時に暗殺者にとっても千載一遇の機会となる。


「その通りだ。 俺が食文化の大切さを女王に語ったところ、いたく感動されてな。

 優れた料理人は、その力量にあった名誉と尊敬を受けるべきだとおっしゃったのだ」

 まさか暗殺者を釣る餌とは言えず、ジンは苦笑しながらあらかじめ考えてあった言葉を口にした。


「よぉし、ジンさんが出ないならまたとないチャンスだ!」

「やってやるぜ!!」

 盛り上がる料理人たちをよそに、ちらりと胡蝶(パルヴァネ)のほうへと目をやれば、彼女は指を3本立ててジンに怪しいそぶりをした人数を示す。

 そして、その怪しい者たちの素性を調べるべく手振りで部下たちに指示を出しはじめた。


 ――さて、うまく引っかかってくれれば良いのだが。

 ため息をつきたくなる気持ちをグッと抑えて、ジンはそのまま何も言わずに寺院を後にするのだった。


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