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千夜の晩餐  作者: 卯堂 成隆
第七夜 人騒がせな死人の話
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第十一節 女王の鉄槌

 さて、ここまでの流れをざっとまとめてみよう。


 まず、最初に仕立て屋がスールマーズをかどわかし、その途中でスールマーズが休眠状態になってしまった。

 それを死んだと勘違いした仕立て屋が、闇医者に処分させようと手配を行う。


 闇医者はスールマーズの身ぐるみを剥いで死体を処分しようとしたが、途中でスールマーズが活動を再開し、闇医者の家は半壊。

 その損失を埋め合わせるため、闇医者は再び活動を停止したスールマーズを奴隷市場に売り飛ばす。


 奴隷商人はスールマーズを眠り姫として競売にかけ、それを異教徒の商人が競り落とした。


 そしてジンたちが現れてスールマーズを取り返そうとし、黒衣の怪人によって動く力を与えられたスールマーズは異教徒の商人を殲滅対象として認識。

 その攻撃に巻き込まれてバクディード市内にある屋敷が一つ消し飛んだ。


「なるほどな、それで大きな騒ぎになったということか。

 ……この、たわけ共め!!」

 その眦を吊り上げて立ち上がると、女王シェーラザードは隣に座っているジンの肩をピシャリと叩いた。


「……痛いぞ、女王。

 そもそも俺が何か悪いことをしたのか?」

「他に叩く物が無かったのだから、おとなしく殴られるがいい!!」

 むろんただの八つ当たりである。

 ……と言うより、夫ならこのどうにもならない苛立ちを何とかしてよと甘えているだけだ。

 なので、ジンは仕返しとばかりに女王を抱き寄せて、もがく彼女の額に口付けをした。

「な、何をするか!」

「八つ当たりするぐらい甘えたいんだろ? けど、続きは夜にな」

 耳元で甘く囁いてからその腕を緩めると、女王は顔を赤らめたままジンの膝の上に腰をおろし、拗ねたように視線を逸らす。


「それで我に何を裁けばよいというのだ。

 あまりにもばかばかしくて、話にならん!」

 その場にあつまった面子をジロリと睨みつけ、シェヘラザードは鼻を鳴らした。


「しいて言うならば、実に不愉快じゃ。

 全員死罪にすればさぞやすっきりとするであろうの」


 その瞬間、仕立て屋がはじかれたようにしゃべりだした。

「お、お許しください! 私は知り合いの床屋にそそのかされただけでございます!」


「誰じゃ貴様は? ジン、答えよ」

 だが、女王はまるで興味を示さずにジンへと語りかける。


「事の発端となった仕立て屋だな」

 ジンが頷いてそう答えると、シェヘラザードは反対側に座っている聖者へと問いかけた。


「ふむ、聖者(ワリー)ムバラク。 この者の罪、いかに考える?」

「罪を犯す道を選んだのはその男自身の意思でございますから、罪は罪でしょうな。

 犯罪奴隷として2年の強制労働に従事させるがよろしい。

 そして、そそのかした床屋も同罪かと」

「では、そのように処せよ」

 即座に武官たちが仕立て屋を捕らえ、泣き喚きながら緩しを請う仕立て屋を引きずっていった。

 犯罪奴隷とは、文字通り命をすり減らすような労働に従事する刑罰で、そのほとんどが刑期を終えることなく命を失うという過酷な代物である。


「……で、次は誰を裁けばいい?」

「順番からすると、闇医者だな」

 その言葉に、闇医者がビクンと振るえ、言葉もなく地面に平伏する。


「ただ、この男……ジュドの一族で、預言者イースを信奉する異教徒だ。 どう扱えばよいものやら」

「死罪じゃな」

 ジンが言葉を濁すと、女王はこともなげにそう判断した。

 しかし、そこにジンが異議を唱える。


「ただ、この男はすでに家を失うという報いを受けている。

 そこを考えて罪を減じる事はできないだろうか?」

「お前がそう思うなら、そのように致せ」

「では、その闇医者も、犯罪奴隷として2年の強制労働に送ってくれ」

 聖者(ワリー)ムバラクのほうを見ると、ジンの判断を肯定するかのように頷いた。


「では、次はこの男だな」

「お、お待ちください! 私は無罪でございます!」

 ジンが奴隷市場の首長(シャイフ)を指し示すと、その男は真っ青な顔をしたまま無実を訴える。


「奴隷市場の首長(シャイフ)か。 貴様の治めている市場、どうもいい噂を聞かぬの。

 よもや人攫いの被害者を売りさばいてはおらぬだろうな?」

「それなんだがな、闇医者から売りつけられた娘をしっかりと売りさばいていたんだよな」

 その言葉に、奴隷市場の首長(シャイフ)の顔が引きつり汗が玉となって顎から滴り落ちた。


「女王よ。 この男が取り締まりを怠った罪を見過ごす事はできないが、逆に罪をこの男だけに求める事も出来ないだろう。

 先に裁かれた二人の強制労働の件も踏まえて、俺に考えがある。 よいだろうか?」

「ジンがそう言うならば、任せよう」

 ジンの言葉に、女王は鷹揚に頷く。

 ……とはいっても、ジンの大きな腕に抱きかかえられたままではやや威厳にかけてはいたが。


「さて、最後は最後はそこの男か……」

 シェヘラザードが豚のように肥え太った男を見据え、嫌そうに眉をしかめる。


「フン、ワシは商品を買っただけじゃ!

 その女もワシが買った以上はワシのものじゃぞ!!」

 あぁ、またこれか。

 ジンは異教徒の商人の言い分にうんざりとした視線を向けた。

 なるほど、これがこの国の商人よりもなお悪名高きジュドの商人と言うやつか。


 先ほどはスールマーズをもういらないと明言したはずなのに、喉元を過ぎれば熱さを忘れる強欲さ。

 おそらく、スールマーズを手に入れてその力の秘密を探ることで戦争の道具として利用しようとでも考えているのだろう。


 悲しいぐらいに予想通りだ。

「では女王よ、予定通りに。

 神がそれをお望みになるならば」


 ジンの言葉に小さく頷くと、シェヘラザードは静かな怒りを湛えた声で呼びかける。

「欲深な異教の商人よ……神の使わした聖典はただの略奪による奴隷の獲得をかたく禁じておる。

 ゆえに、お前がその娘を所有する事は違法だ。 神への敬意を示せ」


 だが、商人は嗤った。


「ハッ、ワシはお前らの聖典には従わない。

 ワシはイースの教えに従うのみだ!」


 そう、悲しいほどに計画通りに。


「では、いたしかたない。 聖者(ワリー)ムバラク。 アレを」

 すると、壮年の聖者は恭しく一枚の神をシェヘラザードに差し出した。

 さらにジンがその書面の下のほうに黒い蝋をたらすと、そこにシェヘラザードが指輪を押し付ける。

 そしてシェヘラザードはその紙を手に立ち上がり、その場にいる者全てに向かって告げた。


「我は宣誓す。

 啓典の民よ、我らと汝らの間を隔てぬ言葉の下に来よ。

 我らは神にだけ仕え、何ものをも神に列しない。

 また我らは神を差し置いて外のものを主として崇ない」

 女王の宣誓に、近習や侍女が目を見開いた。

 その言葉が聖典の一部であると同時にある特別な意味を持つからだ。


「我はその賎しき商人を神と信仰の敵と認め、聖戦(ジハード)を宣告する!!」

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