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千夜の晩餐  作者: 卯堂 成隆
第六夜 聖なる三つの門の話
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第五節 鳩を焼く人

 翌日、ジンは大后ハトゥの屋敷の前に屋台運びこんだ。

 そして近くの村で仕入れた鶏肉を取り出し、タレをつけてジュウジュウと焼き始める。


 たちまち周囲に漂うおいしそうな匂い。

 だが、その屋敷を守る門番たちにとっては食欲をそそるどころか胃がキュッと締め付けられるような気分を味わっていた。


「あ、あの……すいません、そこで屋台とか出されると……ヒイッ、すいませんすいませんすいません!」

 話しかけられたジンが視線を向けると、三人の門番は即座に亀のように縮こまり、ジンにむかって許しを請い始める。

 実に見慣れた光景ではあるが、本人としてはきわめて不本意であることを門番たちは知らない。


「怯えなくてもとって食ったりはしねぇよ」

 ため息をついて不満げな表情を見せるジンに、門番の一人はおそるおそる顔を上げて問いかけた。


「あ、あの……マスーラを一人で退治したって本当ですか?」

「あぁ、あのデカブツか。 まぁ、強いといっても動物相手だしなぁ」

 ジンにとってはその程度の認識であるが、門番たちからすると常識外れもいいところである。


「動物って……あれって前の領主が100人の兵で討伐に向かって10人しか戻ってこなかったってやつだよなぁ」

「俺だったら絶対に死ぬ。 昔、同じ村の人間が襲われたのを見たが、あれは人間じゃ相手にならん」

 そんな言葉を呟きつつ、三人の門番の目はさらなる恐怖の色に染まった。


「やだもう、このおにいさん人間じゃない……精霊(ジン)鬼神(イフリート)何かだろコレ」

 いつのまにか一番前に押しやられた門番が、涙目でジンを見つめる。


「コレとか言うなよ。 人並みには心が傷つくんだぞ?

 そうだ、腹へってるだろ。 せっかくだから一つ食うか?

 ほれ、後ろの奴もこっちにこい」

「……へ?」

 どうやらちょうど料理が焼きあがったらしく、ジンは門番たちの腕を掴み上げると、強引に屋台の席につかせた。


「ずっと立ち仕事で疲れているだろ? 美味いぞ」

 そして赤黒い醤油色に焼きあがった鶏肉を切り分けて、門番たちの前にずいっと差し出す。

 鼻をくすぐる甘く香ばしいにおいに、門番たちの腹からグゥと抗議の声があがった。


「え、あ、はぁ、では一つ……でも、そんなところで屋台とか開かれるとほんと困るんです!

 そもそも、こんなところで店だしても客なんかこないでしょ!」

「まぁ、儲けを期待しているわけじゃないしな」

 そう呟きながら、ジンが遠い目をして大后の屋敷の方を見た瞬間だである。

 同僚の番人たちから爆発的な叫び声が上がった。


「ふごぉぉぉぉっ!! なんじゃこりゃ、うめぇぇぇぇ!!」

「おいっ! それ俺の分だぞ!!」

「……え?」

 振り返ると、同僚である二人が肉の入った皿を巡ってつかみ合いの喧嘩をしているではないか。

 そんな様子に、ジンは笑いながら皿を持ち、目の前の門番のために鶏肉をのせて前に出す。


「ちなみに俺の料理はな、女王シェヘラザードのお墨付きだぞ」

「な、なんでそんな方がこんなところにいるんですか!」

 この様子からすると、言っている事に偽りは無いのであろう。

 だが、それが本当だとするならば、自分は書状を持ってたずねてきた女王の料理人を追い払ったことになる。

 その瞬間、門番は真っ青になって眩暈を起こした。

 だが、追い払われた当人はいたってにこやかなままである。


「ほれ、お前も食え。 肉が冷めちまうぞ」

「……もうこの人の相手ヤだ。 こんなの追い払うとか無理っしょ。

 肉もありえないほどうめぇし」

 門番の心がポッキリと折れたその時だった。

 屋敷のほうから使用人がジンの所へとやってくるではないか。

 おそらく番人たちの声が屋敷の仲間で響き、その声に中の住人が興味を引かれたのだろう。


「……あんた、これが狙いだったのか。

 見た目によらず頭良いな」

 恨めしげに睨み付ける門番に、ジンは腰に手を当てたままの姿勢でニヤッと笑いかえす。


「さて、何のことかな?

 ただ、お前さんも今のうちから知恵を使う癖をつけたほうがいい。

 体力で勝負できる時間ってのは、人生の中でそう長い時間じゃないんだ」

「ケッ、心に刺さるぜ」

 もう何をやっても勝てないとばかりに門番がふてくされると、それを慰めるかのようにジンはさらにもうひとつ肉の載った皿を差し出した。


 その後ろでは、二人の同僚が未だに一皿の肉を巡って殴りあいの喧嘩を続けている。

 彼らの横では、せっかくの料理がどんどん冷めてその真価を失いつあった。

 なるほど、確かにこれは知恵が足りない。

 人生には頭を使う癖が必要だな……と、番人は心の中で呟くのだった。


「そこの者。 これは何を焼いておる」

「見ての通り鳥の肉だ」

 ようやくやってきた屋敷の使用人が訪ねると、ジンはそっけなく答える。

 気位の高い使用人はその答えにムッと顔をしかめると、さらに質問を重ねてきた。


「何と言う料理だ?」

「そいつはまだ教えられねぇな」

「なんと無礼な!」

 ジンの答えに使用人が顔を真っ赤にして言い返すと、ジンは懐から一枚の書状を取り出した。


「なに、女王の紹介状を持った人間を門前払いさせる奴よりはずっとマシさ」

「こ、これは……本物!?」

 書状に押された捺印が本物であることを確認すると、使用人は全身から冷や汗をかきつつ後ずさった。

 すると、ジンは屋台で焼いていた肉を全て大皿に載せ、使用人の前に受け取れといわんばかりに差し出す。


「こいつをもってゆけ。 これは大后ハトゥ様への見舞いだから御代はいらない」

「た、確かにお預かりしました。 あ、あの、申し訳ないのですが奥様は……」

「体の調子が悪いんだろう?

 俺も無理に会いたいとは言わないから気にするな」

 だが、ニヤリと笑うその笑みは、絶対に何かを企んでいると雄弁に物語っていた。


「旦那、何悪いこと考えているんですか?」

「失敬な。 これでも、この国に俺ほど優しくて誠実な男はいないと思ってるんだが?」

 あんたはそれだけの男じゃないでしょ!

 そういいかけて、賢明にも門番の男は口を閉じた。

 どうやら彼は、知恵を使うことを覚えたらしい。


 そうこうしているうちに時間は通り過ぎ、太陽は西の空に傾いて周囲は闇に染まりはじめた。

 むろん客などくるはずはなく、ジンは門番たちを相手に茶と菓子を振舞いつつ他愛も無い閑話を楽しみ続ける。

 やがて周囲の気温が下がり始めると、ジンは食料庫からダルマ型の薪ストーブを出し、火を入れてその上に鍋を置くとシチューを作り始めた。


「だ、旦那、それ、どこから取り出したんです?」

「神のご加護だ。 詳しくは内緒だから気にするな」

 そして物欲しそうにしている門番たちにシチューをご馳走し、さらに世間話に花をさかせる。

 お陰で門番たちにはすっかりなつかれてしまったようだ。


「しかし、いいんですかい旦那。

 こんなことをしていても、旦那の目的は達成できませんよ?」

「最初からお気づきでしょうけど、俺たちはあの災厄の母から金で雇われて女王の配下が大后と接触しないように言われてます」

「なんで旦那は、俺たちを全員張り倒して大后と会おうとなさらないんですか?」

 しかし、ジンはその問いかけに笑って答える。


「馬鹿だなぁ、そんな事をしたらお前らが困るだろう?

 それに、俺たちは人間なんだから、殴り合いは最後の手段だ」

 その言葉に、三人の門番は揃ってウッと言葉を詰まらせた。


「でも、出来るだけ早くそんな事からは足を洗うことだ。

 汚れ仕事ってのは毒の沼みたいなものでな、抜けにくいからといってそのまま沈んでいると、やがて頭まで毒が回って溺れ死ぬぞ」

 ジンの言葉に何か思うところあったのか、礼拝の時間を知らせる鐘が鳴り響くと、三人の門番はやがてウンウンと唸りながら屋敷の奥へと入ってゆく。

 一日に5回義務付けられている神への礼拝は、事前に水で手足を清めなければならないからだ。


 そして門番たちはそのまま勤務時間が過ぎたのだろうか、いつまでたってもジンのところへは戻ってこなかった。

 一人になってしまったジンは、やや寂しげにランプの明かりを灯して椅子に座ると、暮れて行く空の移り変わりを眺めながらひたすら時の過ぎ行くままにその身を任せる。

 やがて月すらも傾き、もうすぐ夜も東から白み始める頃。

 屋敷のほうから明かりが一つともり、門を超えて一人の人物がジンのほうに近づいてきた。

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