第二節 神の名において裁きあれ
「い、今、何とおっしゃいました？」
「だから、不可だといっておる。 なんじゃこの料理は。 気持ちが悪い」
屠られた牛には申し訳ないが、紛れも無い事実である。
――不埒な輩が王になることを防ぐことができたと思って許しておくれ。
心の中で牛に謝罪しつつ、シェヘラザードは断固として拒絶する。
「な!? 最上級のコーヴェ牛ですぞ!?」
顔をしかめたシェヘラザードに、男は信じられないものを見たといわんばかりに驚いた。
その気持ち、理解できないことはない。
だが、彼はそれ以前のところで負けていたのだ。
「牛も気の毒にな。 お前のような男に料理されたのでは、さぞや無念であろう。
……引っ立てよ!!」
神に誓ったことゆえ、彼女は求婚者の用意してきた料理に対して嘘はつけない。
彼女が満足したならば、その食事を持ってきた男と結婚しなければならないのだが……ここに落とし穴がある。
彼女が満腹で、何を食べても満足しない状態であれば、求婚者が何を持ってこようとも嘘偽り無く拒絶できるのだ。
これが神への誓いをたてた彼女の罠であり、武器であった。
「そんな馬鹿な!」
おそらくはそうとうな腕を持つ料理人に師事したのだろう。
その自信ゆえに、男はまだ現実を受け入れられない。
だが、この男には料理人を名乗る資格すらなかった。
なぜなら、『思いやり』という名の、料理を作るものとして肝心なものがスッポリと抜け落ちているからだ。
それゆえに、シェヘラザードの武器を見抜けない。
そんな者を、シェヘラザードは料理人として認める気はなかった。
「ふざけるな! 一口も食べずにその判定は理不尽ではないか!」
たしかに男の言い分はもっともだろう。
だが、シェヘラザードは軽蔑しきった目を向けるだけだった。
「食べるまでも無い。 お前の料理の腕は、その程度だということだ」
「い、いやだ! 死にたくない!
一口! 一口だけでも食べてもらえれば、きっと気に入るはずだ!
たのむ、私にチャンスを!!」
兵士に身柄を抑えられながらも、求婚者の男は必死でシェヘラザードへと訴えかける。
だが、彼女は心を鬼にしてそれを無視した。
情に流されたところで自らの心は偽れない。
それに、これは彼女の武装を見破れなかった男の落ち度だ。
もしかしたら、この料理は男の言うとおり、一口食べれば満足できるほどの代物かもしれない。
だが、女王である彼女の行動には、何万という民への責任が付きまとうのだ。
情けで彼を王には出来ない。
――王の資格無き身で我に挑んだ浅はかさを悔やむがいい。
女王は誰にも見えないところで血が流れそうなほど強く拳を握り締めた。
そして去ってゆく愚かな挑戦者に罵声でしかない言葉を追悼代わりに投げつける。
「愚か者め。 神に誓ったことゆえ、我に嘘の判定はできぬ。
よいか、貴様は料理の見た目ですら我を満足させることが出来なかったのだ。
我に神罰が落ちぬ以上、これはゆるぎない事実である。
これ以上あがくというなら、神を侮辱するも同然。
豚と一緒に火葬されるがいい!」
その激しい言葉に、求婚者であった男はこの世の終わりとばかりに泣きじゃくる。
あまりの無様さに、そして女王の苛烈さに、その場にいたすべての者が恐怖を覚えた。
――さすが火の女王シェヘラザード。
ぼそりと呟いたのが誰かは分からない。
だが、その声には敬意が含まれ、それ以上の畏怖が含まれていた。
そしてその様子を見ていたもう一人の求婚者を見れば、恐怖のあまりその場にへたり込んでいる。
おそらく彼は求婚を辞退するだろう。
それでいい。 欲にかられたところで死ぬだけだ。
誰からも恐れられるのは寂しかったが、意味も無く人が死ぬよりはいい。
たぶん、今日も、そして明日も、私への求婚に成功するものはいないだろう。
そんな未来の幻を見て、女王はひそかにため息をついた。
だが、そのときである。
「女王シェヘラザードへの求婚の儀に挑みたい」
王宮の広間に、力強い男の声が響き渡った。
