第三節 星見の井戸と冴えない双子
「面白い話ですかい?」
その双子の武官は、完全に一つの声に聞こえるタイミングで同じ言葉を返した。
「まぁ、それだとジンさん話しかないよなぁ」
「だな。 俺たちほかに話すような話題無いし」
君らのその異常なまでに息のあった台詞だけでも語り草だよと言いたいところだったが、さすがにそれでは鬼神が納得しないだろう。
それにしても、またジンである。
あの人はよくよく奇妙な事を引き寄せる性質らしい。
「俺たちがあの方に会ったのは、商売に失敗して故郷に帰ってきた時でした」
「金もコネもなくて、顔も冴えない俺たちを、バザールにある顔なじみの喫茶店の主が心配してくれまして、それでジンさんに何とかしてやってくれと頼み込んでくれたんです」
そして、その双子の兄弟は、どこかキラキラとした目をしながら、彼らの物語を語り始めた。
まず俺たちは三人兄弟で、下に一人弟がいます。
俺たちにとっては可愛い弟で、店を取り仕切っていた親父が死んだとき、この弟には苦労を掛けたくないということで、俺たち上の二人は行商人になることにしたんですよ。
幸い、喧嘩だけは強かったので、ほかのキャラバンの護衛をしながらなんとか身を立てていたのですが、ある日性質の悪い商人に引っかかり、騙されてこれまでの努力が水の泡。
たぶん、商売人に向いてないんですよ、俺たち。
なにせ、あんまり頭が良くないから。
けど、このままでは帰ることもできない。
無一文で家に帰れば、商人としてがんばっている末の弟に迷惑がかかってしまうではないか。
はやく独り立ちして結婚相手を見つけなければ、優しい弟は死ぬほど心配するだろう。
けど、俺たちはどちらも同じ顔の不細工で、女にもてたことなど一度もなかったんだ。
「……てなわけで、心根はいい奴なんだけどよ。
どうにも運が無いわけなんだわ。
ジンさん、なんとかしてやってくれないかね?」
「おいおい、俺にそんな相談するなよ。
俺だって女にモテた事なんか無いんだぞ?」
「その面で言われても説得力ないねぇ……」
マスターの言葉通り、ジンさんは俺たちが気後れするほどの男前でした。
その鷹のような視線で見つめられたら、顔を赤くしない女性はいないでしょう。
「お願いします、そこの獅子みたいなお兄さん」
「俺たち、このままではどうすればいいか……」
俺たちが藁にもすがる思いで頭を下げると、ジンさんは困ったように腕を組んで、まずこう告げたのです。
「そうだなぁ。 まず、彼女が欲しかったら自分の武器が何かを知らなきゃいけない。 お前ら特技は?」
「えっと……喧嘩?」
「二人揃ってそれかよ。 しかも完璧に声が揃っているし」
そういわれて、俺たちはようやく自分の特技を思い出しました。
「俺たち双子なんで」
「お互いの考えとか口で言わなくてもなんとなくわかるし、片方が見た文字とか離れていてもなんとなくわかるんです」
そう告げると、ジンさんはあきれたような視線を俺たちに向けてきましたが、俺たちにとっては特技というよりもごく当たり前のことだったんですよね。
「……なんだよ、その超能力。 その力を活かして成り上ればいいだろ」
「いや、これだけじゃ特に意味はないですし」
「そうそう、使い道がよく分からないから。 よく宝の持ち腐れって言われますね」
結局、こんな特技があったところで、金にもならない見世物になるか気味悪がられるのが関の山でした。
イカサマ賭博に利用されることもあったので、あまり人に話さないようにしていたってのもすぐに申告しなかった理由です。
「で、商売と結婚相手の相談だっけ?」
「はい。 特に結婚のほうが絶望的です」
「俺たち、なんというか女性が苦手で……何考えているかわからないというか」
「ちょっとした仕草を見ただけで、嫌われてるんじゃないかと悪い想像ばかり働いて……」
「このまま死ぬまで女日照りが続くのかな……って勢いです」
俺たちが肩を落としながらそう告げると、ジンさんはやれやれと肩をすくめてこう言いました。
「日照りか。 じゃあ、水が出るまで井戸を掘ろう」
「井戸掘り?」
「なんで井戸掘りなんです?」
まったく関係のない言葉に、俺たちは顔を見合わせて、お前わかるか?とばかりに揃って首を同じ方向に傾けたんです。
えぇ、我ながらちょっと気持ち悪かったですよ。
「井戸はお前たち自身で、水はお前たちの魅力だ。
自分たちのよさってのはな、ただぼーっとしているだけじゃ見つからないんだよ。
だから自分を磨きながら、どんなに深くても掘りあてるまで努力しなくちゃいけないんだ。
じゃなきゃ、いつまでたっても水は出ない」
そしてジンさんは、故郷に伝わる結婚相手を探す儀式――ゴウコンなるものを開いてくださったのです。
が、これが見事に空振り。
女の子たちには無視され、男たちには馬鹿にされ、儀式が終わった後はもう疲れ果ててぐったりでした。
「んー まぁ、さすがにいきなり合コンは厳しかったか」
いや、あれは厳しいというより無謀です。
おかげですっかり俺たちは自信をなくしてしまいました。
もう、このまま消えてしまったほうが楽なんじゃないかと思うほどにね。
「ジンさん、俺たちに魅力ってあるんでしょうか?」
「ありもしないものを探すぐらいなら、潔く諦めたほうがいいんでしょうか?」
街の外へと続く門のほうへと歩きながら、俺たちはそんな情け無い台詞を口にしてしまいました。
すると、ジンさんは俺たちを慰めるようにこんな話をしたのです。
「……井戸ついでに、もう一つ面白い話をしてやろう。
お前ら、星の井戸って知っているか?」
「いえ、知らないです」
「はじめて聞きました」
ジンさんの言う事はいつも突拍子も無くて、頭の悪い俺たちにとっては意味不明でした。
するとあの人は空を見上げて、まるでそこに何かが見えているようなそぶりでこんな話を聞かせてくれたんです。
「昼間の空を見上げても星はないが、井戸を覗くとそこに星がうつっていることがある。
なぜなら、太陽の光にかき消されているだけで、本当は昼間の空にも星があるからだ。
だから、太陽の光の届かない井戸の底には星がうつる。
太陽の下では見えないお前たちの星も、井戸の底なら姿を見せるんだ。
星の井戸を探せ。 お前たちを正しく輝かせてくれる場所がきっとある」
本当にそんなものがあるのでしょうか?
俺たちは同時にそんな事を考えていました。
その時です。
「おい、誰か助けてくれ! 馬車が崖崩れに巻き込まれた!!」
街の門に飛び込んできた男の声に、ジンさんは迷わず走り出しました。
「おい、ゆくぞ!」
「合点です!」
女相手では情け無い姿を見せる俺たちも、力仕事となれば得意分野です。
半狂乱で喚きたてる男を置いて、俺たちは門を潜り崖下へと向かいます。
すると、岩の散らばる街道の一角に、半ば埋もれるようにして一台の馬車がありました。
そしてその横では、派手な衣装を着た男がなにやら大声で喚いています。
「は、早く引きずり出してくれ! 瓦礫の中にワシの奴隷たちが……」
「いや、ドアの部分がむき出しになっているだろ! なんで出て来ないんだ?」
早くしないと、再び岩が落ちてくるかもしれません。
そんな状況なのに、何をしているのだろうと、俺たちは首を傾げるしかありませんでした。
「ふん、奴隷が逃げないように外から鍵をかけているからに決まっているだろ」
「だったら早くあけてやれよ!」
ですが、その派手な男は何を言っているといわんばかりの目で俺たちを睨みつけ、トンでもないことを言いやがったんです。
「ワシが近づいたときにもう一度崖崩れになったらどうしてくれる!」
あぁ、ダメだ。
今まで俺たちは自分たちのことを最低のクズ野郎だと思っていたけど、それは錯覚でした。
こいつより下にと言う事はありえない。
その奴隷商人の言葉を聞いたとき、俺たちは心の底からそう思いましたよ。
「ちっ……鍵は?」
「ダイヤル式だ。 鍵は最初から無い!」
ジンさんが忌々しげな口調で尋ねると、その奴隷商人は尊大な口調で答えました。
「じゃあ、番号は?」
「口頭で教える事は無理だな。 番号が盗まれないよう、あの鍵は番号代わりに絵文字が彫ってある!」
なんという無駄な用心深さ!
時と場合によっては褒められるようなことかもしれないが、今の状況では最悪である。
「じゃあ、地面にその番号代わりの絵を順番に描いて……って、くそっ、地面が石だらけじゃねぇかよ!」
「ジンさん、こっちに絵をかけそうなスペースがあります!」
「あぁ、くそっ、こんなに馬車から離れていたら、いちいち見に来るだけでも時間が……って、おい、お前ら」
その時ジンさんは、俺たちの目をまっすぐに覗き込みました。
えぇ、なんでしょうね、あのときのあの感触は。
こう、全身の血が沸き立つというか、心躍るというか。
「な、何でしょう?」
「何か俺たちに出来ることがありますか?」
こんな状況であるにもかかわらず、俺たちは楽しくて心臓がドキドキと高鳴っていました。
もしかしたら、あれはジンさんの魔術か何かだったのでしょうか?
「片方が絵を見れば、もう片方にもその絵の情報が伝わるよな?」
その瞬間、俺たちの心にかつて無い衝動のような欲が湧き上がりました。
誰かの役に立ちたい。 この人に認められたい。
えぇ、わかりますか。
あれは実に良いものです。
「……俺が馬車のダイヤルを回します!」
俺たちの声はまったくの同時に放たれました。
お互いにお前はすっこんでろって心の中で叫んでましたよ。
「いい返事だ。 だが、どちらかはこっちに残ってもらわなきゃいけない」
「じゃあ、俺が行きます。 兄ですから」
「兄さん!?」
ずるいですよね、こういう時だけ兄貴面ですよ。
いいじゃないか、実際に兄なんだからそのぐらい快く出番をよこせよ。
……おっと、失礼しました。
そしてジンさんは、兄である俺の肩をバシンと叩いて言ってくれたんです。
「よし、任せた」
もう、ここで死んでも悔いはないと思いましたよ。
そして俺が馬車のドアに駆け寄ると、中から女性の助けを求める声とすすり泣きが聞こえてきました。
「お願い、誰か助けて!」
「大丈夫。 俺が今このドアを開けるから!」
恥ずかしながら、俺たちはその時、酒に酔いしれるような高揚感を感じていたんです。
人から求められるという事は、こんなにも心地よいものだったのかと。
だが、同時になんとしてでも助けたい――俺たちは強くそう思いました。
そうしているうちに、弟の目を通じて俺の頭の中に次々とぼんやりとしたイメージが飛んできます。
曖昧ではありましたが、絵文字と照らし合わせるには十分でした。
「魚のマーク、次は猫のマークか。 ……おい、早く次の情報をくれよ!」
そして俺たちは、一つ一つ番号をあわせ、ようやくあと一つというところまで来たその時です。
「あと……1つ! 早く! 早く!」
「危ない! 逃げろ!!」
「……え?」
ふと横を見ると、轟音と共に大きな岩が上から降ってくるところでした。
あんなものが直撃したら、確実に天国行きです。
あぁ、結局俺たちはただの役立たずだったのか。
その時、俺は死を覚悟しましたよ。
正直、あんな惨めな気持ちはありませんでしたね。
そして全てを諦めて目を閉じた俺でしたが……いつまでたっても痛みはやってこない。
それでそっと目を開けると……
「よぉ……無事か?」
そこには、そのたくましい体一つで岩を受け止めているジンさんの姿がありました。
安心すると同時に、ちょっぴり怖かったですよ。
あんなの、人間の力では絶対に無理ですから。
「は、ははは、でたらめですねジンさん。 惚れちまいそうですよ」
「よせよ。 俺もお前も、そんな趣味ないだろ」
そんな軽口を叩き合っている間に、ようやく最後のイメージが飛んできます。
「最後は……鳥か」
俺がダイヤルを合わせると、勢いよくドアが開いて女の子たちが飛び出してきました。
「さぁ、早く逃げて」
「ありがとう! 助かったわ!!」
そしてすれ違いざまに俺の頬にすごく柔らかな物が触れたんですよ。
それが唇だったとは、後からジンさんに教えてもらったことなんですけどね。
「ジンさん……もしかして、ここが俺の星の井戸なんですかね?」
「馬鹿。 お前らはこんな刹那的なタイミングじゃなくて、もっと違う場所で輝ける男だよ。 少しは自信を持て」
俺の軽口にニヤリと笑みを返すと、ジンさんは俺を連れて即座に岩の下から逃げ出しました。
そしてまるでその時を待っていたかのように、崖の上から次々と岩が落ちてきます。
えぇ、まさにギリギリでしたよ。
「なぁ、今回のことで少しは自信が持てたか?」
泥だらけで汗まみれになった体を洗うために公衆浴場に駆け込むと、ジンさんは壁にもたれながら俺たちにそんな言葉をかけてきました。
そして俺たちが大きく頷くと、ジンさんはこんなことを言い出したんです。
「お前ら、ラーメン屋をやってみないか?」
ジンさんが俺たちに伝授したのは、ラーメンという食べ物の、その中でも手延べ麺というものの作り方でした。
植物の灰を溶かした水で小麦粉をこねて、さらに小麦粉をまぶし、ねじりながら何度も引き伸ばし、細い糸状にした食べ物です。
本来は一人でやるものなんですが、ジンさんはそれを二人でやれといったんですよ。
相変わらず何考えているかわからなくて楽しい人ですよね。
でも、確かにそれは、お互いのことを誰よりも理解し合っている俺たちにしか出来ないことでした。
で、言われるままにそれを貧民街で実演したところ、予想以上の拍手喝采!
まるで大道芸のようだと、まぁみんなが喜ぶこと喜ぶこと。
わりと単純な動きなんですが、それだけにいつまでも見ていても飽きないというのも魅力らしいです。
そしてジンさんの作ったスープに、茹で上がった麺を入れ、肉の切り身や野菜をのせればラーメンという料理の完成なんですが、これがまた美味いのなんの!
俺たちの屋台の前には長蛇の列で、あぁ、ここが俺たちの星の井戸だったのかと、ようやく実感することが出来ましたよ。
まぁ、それでもまだまだ俺たちは未熟でして。
それで俺たち、ジンさんの下でラーメン職人としての修行をしながら緑の宮の門番として働くことにしたんです。
光栄なことに、ジンさんの最初の弟子なんだそうですよ!
そして、いつか俺たちは二人で店を開こうと思ってるんですよ。
気の早い話ですが、店の名前まで決めているんです。
店の名前は星の井戸。
いつかあなた方がお越しになる日を頃からお待ちしております。
「あ、そろそろ時間だぞ兄貴」
「おっと、今日は俺たちの可愛い弟夫婦にはじめてラーメンって食い物をご馳走する日なんですよ。
そろそろ約束の時間なので、失礼しますね」
そう告げると、二人の兄弟はスープの入った大きな鍋を重そうに抱えながら去っていった。
「なんとも……奇特な話よな。
下手な物語より物語りじみている」
「同感だよ、鬼神。 さて、次の物語だが……」
こんな話を続けざまに聞かされたのでは、何を語っても興ざめだろう。
俺はすでに自分で物語を考えることを諦め、その場に通りかかった者に物語をねだることにしていた。
「なぁ、そこの商人」
「私ですか?」
通りかかったのは、まだ若くて愛らしい女である。
美人というより可憐。 草原の中にポツンと一つだけ咲く花のように目を引き、うそ臭いほど話しかけやすい雰囲気をもった女だった。
俺の着ている近習示す服を不思議そうな顔で見つめる彼女に、俺は迷いもなく問いかける。
「お前、何か面白い話を知らないか?」