第一節 死をもたらす女王
あぁ、太陽が沈む。
もうすぐ求婚者が食事を持ってくる時間だ。
女王シェヘラザードは憂鬱な気分でため息をついた。
食事に満足出来なければ求婚者を殺してしまうという神への誓い……最初は欲深く愚かな求婚者を諦めさせるために行ったことであるが、愚かな求婚者はその意図も見抜けぬまま彼女に挑み、処刑台の露と消えた。
少しでも人を思いやる心が彼にあったならば、彼女の小細工など簡単に見破ることが出来たであろうに。
それが出来ない時点で、彼に王たる資格はなかった。
その後も、やってくるのは欲の皮の突っ張った連中ばかり。
なせ男という生き物はこうも愚かなのだろう。
それゆえに、彼女は男が嫌いだった。 いや、愚かな男が嫌いだった。
別に彼らを殺したいわけではないのだが、王になど出来るはずもない愚物ばかりでは仕方が無い。
彼らのうちの誰かを王にしたならば、ゴマの油を絞るような圧政か、血で大地を染めるような戦争か、目を背けたくなるような政治腐敗を引き起こしたであろう。
そのような意味で言うと、彼らを処刑したことについては後悔していない。
市井の民もそれはよく分かっているので、今のところ女王に対する評価はむしろ高かった。
「ですが神よ、私はいつまでこのような惨いことを続ければよいのでしょうか?
願わくば、私に慈悲と寛容を備えた聡明な殿方をお与えください。
私が憎まずにすむ方を!」
しかし、彼女の知る限りそのような人物はこの国におらず、押し寄せる求婚者によって処刑台の使用回数が増えるばかり。
さぁ、そろそろ準備をしなければ。
今日の求婚者は二人いるが、どちらも王としてはふさわしくない。
シェヘラザードは、求婚者の待ち受ける食事の時間のために、食事をはじめた。
そして自らの満腹を感じると、彼女はようやく侍女を呼んで身支度を始める。
やがて近寄りがたいほどに美しく着飾った彼女は冷酷な女王の仮面をかぶり、ただ求婚者を拒絶するためだけに晩餐へと向かうのだった。
「これより、シェヘラザード陛下による求婚者の審議を行う」
彼女が席に着くと、すぐさま近習が口上を叫び、最初の男がやってくる。
名前は知らない。
はじめから興味がないから。
だが、その欲望にギラついた目を見ればわかる。
こやつに王たる資格はない。
欲望を持つことが必ずしも悪だとは言わないが、シェヘラザードの武装に気づかない段階でよろしくない代物だろうと判断した。
「シェヘラザード閣下におきましては、今日もご機嫌麗しゅう……」
「誰の機嫌が麗しいか、この愚か者め。
能書きはいい。 はやくお前の作った料理を出すがいい」
最初から結果はわかっている。
ならば、くだらない能書きなど時間の無駄でしかなかった。
「これなるは、隣国で育てた牛でございまして……」
「口上はいらぬ。 はやくもってまいれ!」
シェヘラザードの取り付く島の無い言葉にムッとしながらも、男は従僕に命じて料理を持ってくるように命じる。
やがて運ばれてきたのは、見事に盛り付けられた肉の塊だった。
肉が固くパサついた状態にならぬよう、この上もなくギリギリの焼き加減。
脂のたっぷりとのったそれは、おそらく一口かじれば口の中で甘美な味を放ちつつ解けるように消えてしまうだろう。
その上にかけられたソースからはなんともいえぬ芳香がした。
様々な野菜と果物と香辛料を肉の旨みと一緒にじっくりと煮込まれたそれは、まさに天上の味がするに違いない。
だが、空腹のときであれば我慢できないほどの美味も、満腹の今は見ているだけで気分が悪くなる。
ましてや脂の濃い肉など、相性としては最悪だ。
わずかに吐き気を感じながらも、シェヘラザードは判決を下す。
「不可」
その短い言葉に、近習や侍女たちはそっと目を伏せた。