第三節 女王にはかなわない
王子たちを挑発することに成功したジンは、ふくよかな体つきをした老人と共に宿屋を出るとそのまま村長の家へと足を伸ばした。
そして村長に軽く挨拶をすると、客室のほうへと足を向ける。
母屋とは庭を隔てて離れになっている客室の中に入ると、そこには腰に剣をさした武官たちがジンの帰りを待っていた。
「さて、最初の仕掛けは終わったぞ、サイード。 次の仕掛けに移ろうか」
「それは上々でございますなジン殿。 ただし、油断は出来ませぬぞ？」
ジンがサイードと呼ばれた小太りの老人に声をかけると、彼はニコニコとした表情のまま底冷えのするような目で慢心を窘める。
「わかってる。 そっちこそ敵の動きを見逃すなよ？」
「盗賊たちの動きは、わが財務省の誇る財務監査官が目を光らせておりますゆえ、ご安心を。
王子たちの動きを知った盗賊がさらった女子供をいち早く奴隷商に届けようとすればすぐに知らせが来ますよ。
なぁに、税をごまかそうとする小ずるい商人たちと比べれば実にお粗末なものです」
そして奴らが奴隷商人と接触したところで仲良く御用という算段である。
さて……なぜジンとサイードがこんなところで暗躍しているかというと、話は数日前にさかのぼる。
ジンに割り当てられた予算を誰が使い込んだのか調べたとき、その黒幕として名前が挙がったのが、なんとアキル王子だったのだ。
そして調査が進むにつれて、一つの事実が判明した。
アキル王子がこの国に来て数ヶ月ほどたつが、どうやら一向にシェヘラザード女王への求婚をしようとしない彼に故国の王は業を煮やし、彼への仕送りを停止してしまったらしいのである。
だが、贅沢に慣れた彼は貧しい生活を受け入れることが出来ず、様々な悪事に手を染め始めた。
そしてその悪事の一つが、ジンに割り振られた予算の横領だったのである。
犯人である財務官は、アキル王子の仲間に娘を人質に取られ、国の金を横領するよう迫られていた。
そしてなんとかして法に背かぬ範囲で金を作ろうとしていた矢先に……彼はジンのために設けられた予算がまったくの手付かずであることに気づいてしまったのだ。
そして、アキル王子の犯した罪の中でもっとも重い悪事こそが盗賊団を結成し、滞在している村の近隣で拉致と人身売買を行ったことである。
かくして、ジンは財務大臣であるサイードと手を組み、アキル王子の悪事を暴くべく行動を開始したのだ。
「俺は一度王宮に戻って女王の食事を作るから、明日の朝にまた来る。
それまでに動きがあるようなら、先に動いてもらって構わない」
「了承した。 こちらは問題ないので、十分にお役目に励まれよ」
武官たちとも挨拶を交わすと、ジンは何もないところに手を伸ばし、そこに扉を作りだす。
その場にいた人々は思わず顔を引きつらせたが、いまさらジンがすることで声を上げるような事はなかった。
彼らのジンに対する認識は、凄腕の魔術師か本物の精霊ということで一致している。
神から与えられた厨房に入ったジンが再びドアを開くと、そこはジンに与えられた王宮の一室だった。
「さてと、今日は何を作ろうかねぇ」
「まずは我がために昼飯を作るがよい」
その声に振り向くと、そこには女王シェヘラザードがベッドの上に座ってジンのほうを睨みつけていた。
どうやらご機嫌斜めのようである。
なお、彼女がジンのベッドの上で何をしていたかについては定かではないし、知ってもいけない乙女の秘密なのだ。
ましてやシーツの乱れについては、決して触れてはいけないのである。
「……いたのか、シェヘラザード」
「いては悪いのか、この極楽蜻蛉め。
仮にも我が王配の最有力候補が我を放置してどこをほっつき歩いておる」
どうやらしばらく晩餐以外で顔を合わさなかったのが悪かったらしい。
「な、なんだよ、その程度で拗ねるとか、それでも女王かよ」
「お前は我が女王の前に女であることを思い出せ!
四六時中女王のままでは心が干からびるわ!
いいかげん、潔く夫となってその勤めを果たすがよい、この甲斐性なし!!」
ある意味熱烈な愛の告白と共に、彼女が抱きしめていたジンの匂いつき枕が音を立てて飛んでくる。
ジンは何かを諦めた表情をして、その枕をおとなしく顔面で受け止めるのであった。
