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千夜の晩餐  作者: 卯堂 成隆
第三夜 醜悪なる財産の話
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第一節 盗人の尻尾

「そうだ、農村へ行こう!」

 麻戸(あさど) (じん)という男はしょっちゅう突拍子もないことを言い出す男であるが、その日もまた何の前触れも無くそんな事を言い出した。


 まぁ、それでも彼なりの理由というものは存在し、先日は屋台の料理を調べたのだから、今度は農家の料理を知りたくなったというわけだ。

 料理とは、日々学習の必要な道なのである。


 そして、学習とは同じ失敗を繰り返さないことだ。


「……というわけで、金がほしいからシェヘラザードに会いたいのだが?」

「馬鹿ですか、貴方は」

 女王の部屋の前を守る近習たちは、情けも容赦も無くそう言い放った。

 馬鹿にはしているが、悪意は無い。


「馬鹿というより、むしろヒモ男?」

「ぷっ、違いない!」

「ちょっ、お前らそれはあんまりだろ!」

 その証拠に、最後には馬鹿にされたはずのジンも含めて全員で大笑いである。


 最初は本気でジンを嫌っていた近習たちではあるが、この男……嫌味を言っても堪えるどころかそれを冗談にして笑いを誘う始末。

 二日ほど言葉のやり取りをするうちにだんだん悪意を向けるのが馬鹿らしくなり、気がつくと言葉に遠慮がなくなるほど親しくなっていた。

 今では数十年来の友人のような感覚である。

 もしかすると、これが麻戸(あさど) (じん)という男のもっとも恐ろしい点かもしれない。


「ヒモ男はひでぇなぁ。 ちゃんと働いているんだぞ?」

「私たちからすると遊んでいるようにしか見えませんよ。

 なんですか、晩餐専門の料理人って」

 ムッとした表情をするジンだが、近習たちはそ知らぬ顔。

 むしろここぞとばかりに不満を訴える。


「まぁ、そう言うなって。 で、誰に相談すればいいんだ?」

「そういうのは経理に相談してくれ。 女王は忙しいんだ」

 そう言うなり、近習の一人はシッシッと手を振ってジンを追い払う。

 むろん親しい友人のような感覚だからこその振る舞いで、彼らはこの厳つい見た目の男との会話を心から楽しんでいた。


「へいへい、邪魔者は退散しますよ。 ……女王には、あまり無理して体を壊すなって言っておいてくれ」

 そういい残して立ち去ろうとするジンだが、ふと近習の一人が彼を引き止める。


「あぁ、郊外に出るなら一つ頼まれてくれませんか?」

「……なんだ?」

 いぶかしげに首をひねるジンに、その近習は本物の嫌悪を顔に貼り付けながら告げた。


「実は、また女王への求婚者が来ているんですよ」


***


獅子の精霊(アサド・ジン)様ですね? ええ、お話は伺ってます」

 経理部を訪れたジンに対応したのは、年配のふくよかな体つきをした文官の男だった。

 おそらく、ジンの対応をするだけの度胸を持つ文官が、彼しかいなかったのだろう。


「ここにくれば、小遣いをくれるって話だったんだが、間違いないか?」

「えぇ、間違いありません。 しかし、小遣いですか……」

 なぜか文官は渋い表情をした。


「じゃあ、近郊の村で買い食いをするのと……あとは女王のための食材を買いたい、そのぐらいの金をくれ」

「はぁ……では、これを」

 だが、差し出された小袋の中身を見て、ジンは怪訝な顔になる。


「なんで金貨なんだ?」

「なぜといわれましても、そのぐらいは必要でしょう? 普段の貴方様の名義で届く請求書のほうがよほど高額かと」

 なんだろう、このボタンを掛け違えたような違和感は。

 ジンと文官は、互いに居心地の悪さを感じていた。


「……何かの間違いじゃないのか? 俺は毎日の食事も自前ですべてまかなっているし、請求書なんて出した覚えが無いんだが?」

 ――何かがおかしい。

 ジンは思わず首をひねる。

 なぜなら彼は朝と昼に神から与えられた食材を使って炊き出しを行っており、たいていは貧民街の人間達と共に食事をとっているからだ。


 彼がなぜそんな事をしているかというと、神より与えられた食材は神の子に還元されるべきだと考えたからである。

 それに、この世界で富める者が貧しいものに施しを与えるのは大きな美徳とされているからだ。


 食事と共にどこからか拾ってきた訓話を面白おかしく語るジンの炊き出しは人気があり、おかげで最近は貧しい者たちの顔色がかなり良くなった。

 そして腹も心も満たされた人々は争うことがなくなり、治安もかなり改善しはじめている。

 まさにこの世にあるべき奉仕の心と神の恩寵のなせる業だ。


「一つ確認ですが……貴方の生活費について、王配候補ということで特別に予算が組まれているのはご存知でしょうか?」

「そんな話は初耳だ。 俺は金なんてまったくもらった覚えは無いぞ?」

 だからこそここに来る必要があったのだから、間違いは無い。


「俺はな、居候も同然の身で贅沢をするほど恥さらしではないし、神は清貧を尊ぶと聞く。

 俺はけっして賢くは無いが、わざわざ神の不興を買うほど馬鹿ではない」

 そもそも神の被造物ですらない彼がここで暮らしてゆけるのも、ひとえに神の好意あってのことである。

 他人の好意を踏みにじるような行為など、男がもっとも唾棄する振る舞いの一つだった。


「あえて金がかかったとしたら、緑の宮(カスル・アフダル)の管理費用ぐらいだと思うが……」

「それはまったく別の予算の枠組みになります」

 ここまできて、ようやくジンと文官は何がおかしいのかに気づいて視線を合わせた。


「ふざけた奴がいるようだな」

「大変申し訳ありませんが、しばらくの間はジン様が直接来なければ請求書を受け取らないようにしておきます」

 文官の目の奥に烈火のごとき怒りがあることを見て取り、ジンはすべてを彼に任せることにした。

 なお、この文官の正体がこの国の財務大臣サイードであることを彼が知るのは、かなり後になってからの話である。

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