道化語り
はてさて、獅子と女王の物語を続ける前に、一つこの道化の話を聞いていただきたい。
それは遥か昔の物語。
千夜一夜物語の第787夜、羊の脚の物語に曰く。
旅先の旅館で二人の男が出会った。
一人は泥棒のハラム、もう一人はスリのアキル。
意気投合した二人だが、彼らは自分たちの持っていた弁当の羊の脚が同じものであることが気になった。
そこで二つを合わせてみると切り口がピッタリ一致するではないか。
不審に思い、互いに住所を聞いてみると、なんとそれはまったく同じ場所。
事もあろうか彼ら二人の妻は男一人では満足できぬ淫乱で、昼はハラムの妻として、夜はアキルの妻として暮らしていたのだ。
夜に出歩く泥棒と昼に出歩くスリとでは、互いに顔を合わせぬも道理である。
しかし、それでも女憎しと思えぬのが惚れた弱み。
女が涙ながらに許しを請うと、どうにも許してしまいたくなる。
そこでふたりは女にどちらを夫とするのかを問いただした。
すると、「スリと泥棒、より見事な腕前を示した男の妻になる」と言い出したのだから始末が悪い。
最初に腕前を見せたのはスリのアキル。
彼はユダヤ人の袋をスリ取り、中身を入れ替えて懐に戻した。
そして大声で「ユダヤ人両替商に金を取られた」と騒ぎ立てたのである。
裁きを求められた法官が双方に袋の中身を聞くが、ユダヤ人が正しく答えられるはずもなく、哀れなユダヤ人は金を取られた上に罰を受けた。
一方、泥棒のハラムは帝王の宮殿に忍び込み、小姓の少年を捉えて天上にくくりつけ、小姓に化けて帝王に近づいた。
そして横になっている帝王にこう尋ねたのである。
「ユダヤ人から金を奪ったスリと、宮殿に忍び込んだ泥棒とでは、どちらが優れているでしょうか?」と。
当然ながら帝王がユダヤ人を自分より格上と認めるはずもなく、彼は自らの権威を守るために「帝王の宮殿に忍び込んだ方が優れている」と告げた。
後日帝王は罪を問わぬと約束して泥棒のハラムを呼び寄せ、これを警察の長とした。
女は出世した泥棒のハラムに媚びて、彼だけの妻となったのである。
やれ、めでたし。
とまぁ、なんとも救いの無い話であるが、おそらくこれは泥棒の機転を楽しむ物語であったのであろう……だが、あえてここで言いたいことがある。
中立の立場ですらない帝王が下した審判に、はたしてどんな意味があったのだろうか?
そして女はどちらの男を本当に愛していたのか?
残念ながらただの物語ゆえに、答えなどあるはずは無い。
確かな事は、この三人の背徳者がすべからく地獄に落ちるべきであるという事のみである。