780.選択肢
【残り時間は六分です。】
ラプラスが淡々と時間を告げる。
破壊か、創造か。
僅かな人類を救っての再興か、全てをリセットしての新世界の創世か。
『相方……お前は、どっちを選ぶ』
迷った末、俺は相方へと尋ねた。
相方は神妙な面持ちで首を捻っていたが、何も浮かばねえでいるようだった。
『オレは考えるのは得意じゃねェからよ。オマエの決定に、全部委ねようと思ってた。正直、アイツの話も、半分も理解できてねェ。だが……』
相方が目に力を込め、俺を見る。
『オマエが決められねェっつうなら、オレが決めてやる。オレの直感は、オマエも信じてくれてたからよ。後悔したって、そンときはそンときだろ。こんな数分で大事なこと決めろっつう方が性格悪いぜ』
相方はあっさりとそう言ってのけ、ニヤリと笑った。
俺は歯を食いしばる。
相方は俺を信じてくれている。
俺がどんな結論を出しても、それに委ねると言ってくれた。
だが、その一方で、俺が大量の人間を見殺しにするその責任を、全て背負ってやる、とも。
そこまで言ってくれたからこそ、その言葉に甘えて、責任を押し付けるような真似をしたくはなかった。
この答えはやっぱり、俺が決めないとならねえ。
やっぱり……破壊竜を選ぶべきだ。
破壊竜なら、この世界の人類の一割は生存させられる。
それは裏返せば、創世竜を選べば、俺が残るはずだった人類の一割を殺すということでもある。
豊かな世界になるのが創世竜で、破壊竜の先に待つのが荒廃した死の世界で未来がないとしても、やっぱり俺は、大量の人間を見殺しにするような真似をしたくはねぇ。
それに破壊竜の方がアロ達の生存の確率も高いはずだ。
そこで、俺はふと、あることに気が付いた。
さっと自分の血が引いていくのを感じる。
『い、いや、待ってくれ! テュポーンは多頭竜だったが、次の進化はそうじゃねえよな? 相方はどうなるんだよ!』
【アポカリプスも一時的に双頭竜になりましたが、それは強引に書き換えた〚胡蝶の夢〛による不具合のようなものです。進化した場合、貴方の相棒の意識は眠りにつき、貴方の精神の一部となります。】
ラプラスが答える。
つまりそれは、進化した瞬間に相方は死ぬってことか……?
『ラプラス、テメェ、大事なことを! だったら俺はこんな進化なんて……!』
『相方、落ち着きやがれ! もう時間がねェぞ! うだうだ言ってやがる場合か』
相方が吠える。
『ルインを止めたとき、オレは死ぬ覚悟をしてたんだ。何の廻り合わせか延長の時間をもらえて、こうしてまたオマエと会えた。それだけでオレは充分だ。早く決めやがれ、優柔不断ヤローが。それともここで立ち止まって、世界の終わりを見届けるつもりか? こンままだと地上の奴らも、皆死んじまうんだろ?』
『相方……』
『オレはとっくに覚悟決めてンだよ。テメェも腹括りやがれ!』
『すまねぇ……本当に、ありがとうよ』
くよくよしてる場合じゃねえ。
相方がここまで背中を押してくれているんだ。
俺にできることはただ一つ。
後悔しない進化先を選び、フォーレンを倒す。
相方のお陰で冷静になれた。
いや、冷静にならねぇといけないと、自分を戒めることができた。
俺がブレて悔いの残る選択を選べば、それは相方の犠牲をも台無しにすることになる。
もう一度考えてみたが、やはり俺が選ぶべきは破壊竜だ。
それで死の世界になって、人類の存続が結局途絶えたとしても、今生き残る人間が少しでも多い方がいい。
先に生まれるであろう未来の命より、今の犠牲が少ない方がいい。
天秤に掛けるにはあまりに残酷な問題だったが、しかし改めて考え直しても、俺の答えは変わらない。
しかし、本当に別の観点はないのか?
俺の考える理屈は本当に正しいのか?
それに、もっと犠牲を減らせるような道だってないのか?
いや、犠牲を減らすのは無理だ。
いわばこの世界の大地そのものがフォーレンなんだから、奴を取り除いただけでも世界が崩れて大量の死者が出るのは確定してるんだ。
例えばアイツを綺麗に切り抜いて、その空洞にぽっかり何かを埋めるような手があったら別かもしれねぇが……。
『あ……』
そこまで考えて、俺は一つの可能性に思い至った。
一つだけあった。
これ以上犠牲を一人も出さずに、フォーレンを討伐できるかもしれねぇ方法が。
俺は第三の選択肢、〖世界竜アクパーラ〛を再びチェックする。
【〖世界竜アクパーラ:ランクG(神話級)〗】
【世界を支えているとされる、伝承の竜。】
【巨大な岩塊のような姿をしている。】
【この世界の森羅万象の全てに勝る、想像もできない程に巨大な体躯を有する。】
そう、この進化先……〖世界竜アクパーラ〛ならば、世界を壊さずにフォーレンを倒すことができるかもしれねぇ。
ヒントはフォーレンの居場所だった。
アイツはこの世界の大地そのものでもある。
復活しただけで世界は崩壊するし、何なら復活しなくても奴を倒す際に世界が崩壊することになる。
いや、本当に嫌な場所に、嫌な化け物を封じてくれたもんだ。
だが、如何にフォーレンが巨大とて、説明テキストで明記されている世界竜の方が巨大なはずだ。
だって『この世界の森羅万象の全てに勝る巨体』って書いてあるんだもん。
これでフォーレンより小さかったらさすがにクーリングオフの対象よ。
被害を出さずにアイツを倒すには、復活前に大地に眠る邪神フォーレンをくり抜いて、その空洞に別のものを埋める必要がある。
俺はそれを実現するための、あまりにも都合のいいスキルを持っていた。
俺がこれまで再三クソスキルとして馬鹿にしてきた〚ワームホール〛さんだ。
【通常スキル〖ワームホール〗】
【空間を捻じ曲げて別の場所と繋げ、物理的な距離を無視した瞬間移動を行うことができる。】
【射程範囲はスキル使用者の全長に比例し、最大で十倍までの範囲を移動できる。】
【MPの消耗量は激しく、発動するまでにやや時間が掛かるため使い所が難しい。】
〖ワームホール〗には隠れた効果がある。
転移先の座標にある物質を問答無用で削り取ることができるのだ。
そのことは既に実証済みである。
射程範囲は全長の十倍までと非常に短いが、世界竜はこの世界の森羅万象、ありとあらゆるものよりも大きい。
その十倍ともなれば、相当な長さになる。
そして邪神フォーレンを削り取って生じた穴には、俺が入り込むことになる。
世界竜はゴツゴツとした岩塊の竜だそうだ。
大地に押し潰されて大きく質量が変化するようなこともないだろう。
『世界竜に進化する。俺が〚ワームホール〛でフォーレンを削り取って、そのまま世界に空いた穴を支えてやる』
『な、何言ってやがる相方! ンなことが可能なのかよ!? 第一、それじゃ、テメェも……!』
相方が驚いたような顔で俺を見る。
『一人で格好つけてんじゃねえよ。今度は俺も一緒だからよ』
これ以上、アイノスの奴の犠牲者は誰も出さねぇ。
俺が〖世界竜アクパーラ〛となって、伝承通りに世界を支えてやる。
ラプラスがぱちりと瞬きをした。
【なるほど……〚世界竜アクパーラ〛へと進化し、フォーレンを削り取る。不可能ではないでしょう。貴方が死を恐れず、フォーレンへ飛び込めるのならば、ですが。】
『ここまで来たんだ、やってやるよ。それに相方が覚悟決めてんのに、俺だけ日和ってたら不甲斐ねえからよ』
【わかりました。私も、貴方の決断に懸けることにしましょう。残された時間は長くありません。貴方を地上へ転送します。向こうにつけばすぐ空に向かって飛び、同時に進化を始めてください。世界竜アクパーラはあまりに巨大過ぎるが故、その巨躯でまともに立てる場所はありません。地上に立てば、その重量で別の災いを引き起こしてしまう。大空から〚ワームホール〛を行使してください。】
ラプラスの言葉に俺は頷いた。
ラプラスが黒い魔法陣を展開する。
俺の身体を、黒い光が包み込んだ。
これはアイノスの使った〖異界送り〗か。
『そんで……時間は?』
【フォーレンの復活まで残り三分です。】
そしてそれが、俺の残りの寿命でもあった。




