777.理想郷イデアの真実
り、理想郷イデアがただの地球……?
じゃあ六界の大賢者は? 理想都イデアを襲った邪神フォーレンは?
ラプラスは?
い、いや、もっと根本的な話からだ。
この世界自体、一体なんだってんだ……?
【ラプラス計画の参加者は、ラプラスに関する記憶には特別厳重な処置が施される。記憶にエラーの生じた貴方でも、覚えがなくて当然のことです。】
ラプラスは淡々とメッセージを送ってくる。
【貴方にとってこれは、本来知る必要もない、残酷な真実かもしれません。ですが、六大賢者の代行者が消え去り、唯一の神聖スキル保有者となった貴方には、全てを知る権利がある。……と、かつての六大賢者は考えました。】
知らなくていい、残酷な真実……。
い、今更そんな話が出てくるのかよ。
もう今更どんな話が飛んできても正直驚けねえよ、俺。
とっくに頭がパンクしてるんだから。
『……とにかく聞こうじゃねぇか。その世界の真実って奴をよ』
俺が言葉に応じ、ラプラスは無表情のまま頭を下げた。
心がないと言っていたが、本当にこいつは、ただ六大賢者のかつての取り決めを機械的に実行しているだけのように見える。
【理想郷イデアは超魔法文明だとアイノスより説明されていたかと思います。しかし、それは正確ではない。ただ、アイノスや太古のこの世界の住人達が科学技術を理解できず、伝聞が繰り返される内、それらは超魔法文明であったと解釈したのです。貴方が見てきた壁画も真実ではなく、ただ歪んで伝わった地球の姿でしかありません。】
歪んで伝わった地球の姿。
なんとなく覚えがあると思ったら、最西の巨大樹島……エルディアのいた遺跡に、アルファベットを魔改造されたような文字が残っていたのを思い出した。
ああ、そうか。
アレも歪んで伝わった地球の文明の内の一つだったということか。
『アイノスはこう話していた。ラプラスは未来を予知する魔導装置だってよ』
あのとき、アイノスはこう言ったのだ。
『イデアの住民達は、全ての魔法技術を集結させ、あらゆる未来を見通す夢の魔導装置を造り上げた。それが奴、ラプラスだ。これで未来のあらゆる災害を予知し、取り除くことができる。我らの果てしない繁栄と幸福は約束されたものだ、とね。
だが、いつだって神は、自身に近づく者達を認めないものだ。その過ぎた傲慢の代償に雷が落とされることとなった。ラプラスは予言したのさ。ほんの近い先の未来……大いなる邪神が現れ、旧世界……理想郷イデアの全てを呑み込むことをね』
つまり、これがそのまま、理想郷イデアなんてもんじゃなく、地球で起こった事件だったことになる。
『これが地球の話だってんなら、その未来予知の魔導装置って奴の正体は、いったいなんだったんだよ』
ラプラスが頷く。
【開闢より宇宙熱死に至るまでのあらゆる事象を演算し、神の視座を有する叡智の結晶、未来を見通すラプラスの悪魔。天災、戦乱、環境危機、資源枯渇、社会秩序の崩壊……あらゆる災禍を事前に演算し、人類文明の恒久的平和と繁栄を促す。それがこの私、ラプラスコンピューターです。】
突然悠長に流れ出てきた言葉に、俺は思わず息を呑んだ。
う、嘘だろ……?
じゃ、じゃあ、マジで、イデアってか、この世界の前身が地球のことだったのか。
聞けば聞くだけ謎が出てくる。
疑問の波が押し寄せてきて、状況に頭が追い付かねぇ。
『ま、待てよ。じゃあ大いなる邪神……アイツが理想郷イデアを戻したとき、セットで復活する邪神ってなんだよ。まさか、そんなもんが地球に来るわけがねぇだろ!』
【完成したその日に、私は演算しました。丁度七年の内に地球に巨大隕石が落下し、全ての人類文明を消し去ってしまう、と。その終焉を招く隕石を、人々は墜ちるものと名付け、畏怖しました。】
それが歪んで伝わったのが、邪神フォーレン……?
だ、だとして、アイノスの奴がなんで、邪神の正体がただの隕石だって知らなかったんだよ!
【アイノスには無論、全てを知らされていました。しかし、アイノスはそもそも、地球というものを理解できなかった。永劫にも等しい永い時間の果てに、自身の狂気染みた妄想の理想郷に憑りつかれて、この地の人々が伝承で語り継いだ邪神フォーレンの方を信じることにしたのです。】
……アイツが地球を見たことねえってのは当たってたのか。
【話を戻しましょう。巨大隕石による人類文明消失を知った人間は、自身らの叡智の全てを用いて、ありとあらゆる手段を尽くした。そして、その際に出た計画の一つが、ラプラス計画でした。ただ、先に述べておきたいのは、これは巨大隕石対策のメインではなかった、ということ。何も遺さないよりは幾分かよいと考えて実行された、他愛もない無数の計画の一つ。どうせ隕石が落ちれば、全て無駄になるものですから、そのくだらない計画にも金銭や技術の投資は惜しまれなかった。】
どんどんきな臭い話になっていく。
ただ、ここまで来て、聞くのを止めますという気にもなれない。
『そんでその、ラプラス計画ってなんだったんだ?』
【リアルな仮想世界を創り上げ、そこへ実在の人間の精神をデータ化して複製したのものを魂として流し込み、高速シミュレーションを行う。そのための高度な演算が可能なのは、宇宙のシミュレーションを構築して未来予知さえも可能にしている、ラプラスコンピューターの他にはあり得ませんでした。それによって人類文明が末永く繁栄したという慰みを得る、というのがこの計画の目的でした。】
『は、はぁ? つまり、この世界は仮想世界で、俺もただのデータ……ってことか?』
言ってみたものの、全く実感が持てねえ。
自分がショックなのかどうかもわからない。
どこか遠い世界の話のようだ。
【それは視座の問題です。動物の思考は元よりただの電気信号の集合体。それが人の脳で為されるか、私というコンピューターの内部で為されるか。この二つに本質的な差異はありません。もっともそれは、人間ではなく、心を持たない、私からの言葉ではありますが。】
……なんとなく、ラプラスが裁量権を持たされなかった理由がわかってきた。
人間とはちっと考え方が離れすぎていて、仲良くできそうにはねぇ。
『だ、第一、そんなもん、何の意味があるって言うんだ?』
【私に入力された優先事項の一つが、人類の存続時間を可能な限り伸ばすことでした。データ上とはいえ、人間の精神の複製と、未来のシミュレーションを可能とする私の演算能力を用いて再現された仮想世界。この世界が存続すれば、疑似的にそれが達成できたと定義することも可能でしょう。】
言っていることが今一つわからねぇ。
この世界が仮想世界だとして、それが人類の存続時間延長に繋がるとは思えない。
文明を吹っ飛ばす隕石が落ちてきたから、ラプラスコンピューターだって無事じゃ済まねぇはずだ。
『だからお前はそれを実行したってのか?』
【いえ、実行を決定したのは、他でもない人間です。先にも言いましたが、数ある巨大隕石対策の、計画の一つに過ぎません。】
『そもそもこの世界ができてから二万三千年経ってるってことは、隕石は落ちなかったんだよな? 他の計画で隕石は阻止された。そういうことなんだよな?』
ラプラスは首を振る。
【いえ、この世界は高速シミュレーションです。この世界の一日間は現実世界ではたったの一秒にも満たない。この世界での十万年は、地球のたった一年です。】
じゅ、十万年が、たったの一年……?
予想以上にとんでもねぇ出鱈目な数字だ。
こうして聞くと、七年後に滅ぶはずだった世界が仮想世界の中だとしても百万年近く存続できるなら、確かに何かの意味はあるような気がしてきちまう。
【とはいえ、私はただの未来予知を目的としたスーパーコンピューター。ラプラス計画の全てを熟すには、様々な機能が不足していました。単純に演算能力も不足していた。ラプラス計画のため、別の用途で用いられていた六つのスーパーコンピューターを繋ぎ、性能を補う必要がありました。電子遊戯に医療研究、科学研究、金融シミュレーション、サイバーセキュリティ、人工知能……この計画は、その際の各コンピューターの所有者が代表となり、押し進めることになりました。それがこちらの世界の住人が呼称する、六大賢者の正体です。】
とにかく各界隈のすっげえパソコンを繋ぎまくって、スペックかさ増ししたってことか。
じゃあ、アイノスもそのパソコンの所有者だったのか?
そうなるとよ、思いっきり地球出身に聞こえるんだが。
【アイノスは六大賢者ではなく、あくまで六大賢者の代行者です。ラプラス計画には、この世界を内側から制御して、不測の事態に備え、歴史や文明を調整する、世界の担い手が必要だったのです。私がいましたが、私には心がありません。目的達成のために人間から見て酷く歪な解決策を取ろうとすることがありますから、彼らは私にだけそれを任せることを酷く嫌がった。当初は六大賢者が世界の担い手を行っていましたが、数百年もただの人間がそんなことをすれば、気が触れてしまう。故に彼らは代行者を立てたのです。】
『待てよ……それがまさか、アイノスってことか?』
俺はアイノスの奴を許せない。
だが、しかし、気が触れることを折り込まれた管理者の役をアイノスが押し付けられていたとしたら……許すことはできねぇが、それでも同情しちまう。
俺はそれを仕組んだ六大賢者も許せねぇ。
もっとも、それを仕掛けた奴らも、もうどこにも残っていないようだが。
【アイノスは正確には人間ではありません。だとしたら、二万年も管理者を担うことはできなかったでしょう。正式名称は人工人間思考……実験途上のAIでした。私と同じく完全に人造の知性でありながら、人間のそれに限りなく近い感情を有する。私とアイノスは権限を分割して持たされていました。人間の視座で思考できるアイノス、完全俯瞰で立場のない思考ができる私。私は『論理と秩序』を、アイノスは『感情と発展』を司る管理者でした。】
……だが、結局人間より精神が頑丈だったアイノスも、感情を持っていた分、万年単位の年月に耐えられず、結局暴走を起こした……ということか。
【ええ、そうです。アイノスは永い時間の果て、理想郷イデアへ帰還する、という妄執に憑りつかれた。そして元々急拵えで創られていたこの世界の脆弱性を突き、自身の権限の拡大を図り、果てには私を完全に制御する権限を奪取してのこの計画の強制中断を企てたのです。】
邪神フォーレンの封印ってのも全く逆だったんだな。
実際には俺達の方が、延命措置として時間の流れが速い箱庭に入り込んでたってだけだったのに。
そもそも俺達自体も人格の複製データに過ぎず、この世界の電源を強引に落としたって現実世界に戻るわけじゃない。
何ならアイノスに至っては、元々ただの人工知能であって、現実世界とは何の縁もゆかりもない。
そんでラプラスはアイノスの暴走を止めたかったが、六大賢者によって権限を制限されていたためそれが十全に果たせず、自身に許可されている権限の範疇で奴の狙いを破綻させる機会を窺ってた……ってことか。
とんだ壮大な事件に巻き込まれちまったもんだ。
規模が大き過ぎて、もはや誰を恨むべきだったのかもわかんなくなっちまった。
悲惨な境遇だったとして、世界に貢献していたとして、それでも八つ当たりによる無差別虐殺の道を選んだのはアイノスだ。
しかし、どうにもラプラスの話を聞くに、六大賢者とやらはアイノスにいつか限界が訪れることも、その際に暴走を引き起こすことも、ある程度見込んでいたように思う。
その上で、時間がなく他に手立てもなかったため、消去法的にアイノスがラプラス計画の生贄となったのだろう。
救いのねえ話だ。
いや、救いならあるか。
俺はその負の連鎖を、苦難の果てに断ち切ったのだから。




