774.謎の攻撃の正体
意識が眩む。
ドラゴン状態のアイノスの一撃……テュポーンのHPを以ってしても、あまりに強烈だった。
辛うじてHPが過半数残っていたので〚英雄の意地〛で耐えられたが……もう、MPが足りねぇなんてもんじゃない。
続くアイノスの爪の追撃。
俺はそれを、どこかゆっくりに感じていた。
『諦めんじゃねェ、相方ァ!』
相方の首が前に出て、奴の凶爪を妨げてくれた。
顎が砕け、牙が舞う。
それでも相方は、即座にアイノスの腕へと喰らいつき掛かった。
「ア、アアア、アアアアアアアアアッ!」
相方が気力を振り絞って吠える。
顎の砕けたドラゴンが喰らいついたところでまともな力は込められない。
せいいっぱいの虚仮威し。
アイノスにもそれはわかっていたはずだが、攻撃は全て確実に防ぐと決めていたためだろう。
奴は咄嗟に〚大賢者の盾〛を発動した。
俺とアイノスの間が分厚い光の壁に阻まれた。
俺は咄嗟に、その壁を尾でぶん殴り、自身の身体を背後へと飛ばした。
『チッ、今ので決められたはずだったのに。余計なことをしちゃったよ』
アイノスが舌打ちを鳴らす。
今にも尽きそうなHP、失血で手放しちまいそうな意識。
俺は力いっぱい踏ん張りながら、最後の〚自己再生〛で回復する。
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〖イルシア〗
種族:テュポーン
状態:通常
Lv :240/240(MAX)
HP :9683/75663
MP :272/52082
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MPが……もう、ない。
こっちは〚アイディアルウェポン〛の維持にもMPを消耗するっつうのに。
『決め損なったけど……ま、関係なかったね。宣言通り、この勝負、順当にボクの勝ちだよ』
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〖アイノス〗
種族:--
状態:ドラゴラム
Lv :255/255(MAX)
HP :84355/99999
MP :4297/99999
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MPがまだまだ残ってやがる。
これはもう本当に勝ち目がない。
結局、土台、無理な話だったのだ。
相手の方がステータスは全部上。
その上、全ての魔法スキルから、一番強い、その場に適したものを選んで戦える。
こっちの手の内は全部筒抜けで、挙げ句の果てに管理者特権の完全防御スキル〚大賢者の盾〛。
極めつけが正体不明の精神攻撃だ。
ここまで戦えたのが奇跡だったのかもしれねぇ。
あんな避けようのないスキル、他にはなかったってのに。
〚アカシックレコード〛の魔法スキルなんだろうが、あまりにも理不尽過ぎる。
そのとき、俺の頭に引っ掛かるものがあった。
避けようのないスキル……。
思えば〚念話〛も避けようのないスキルだ。
相手から広がる思念は、避けようと思って避けられるものじゃねぇ。
先の俺のように、使い方によっては、相手の精神を攪乱して隙を作ることができる。
そして〚念話〛同様、相手に自身の思念を押し付け、苦痛を与えるスキルが存在する。
この戦いで、俺は幾度となくあの正体不明の精神攻撃を受けてきた。
あのとき感じた不快感、絶望。
その中に、ほんの一握り感じた、薄っすらとした既視感。
俺はあのスキルを知っていた。
【通常スキル〖エンパス〗】
【相手と瞬間的に精神を同調することで、自身の負っている苦痛やダメージを他者と共有する。】
そう、歴代最強の聖女ヨルネスこと、奈落の王アバドンのスキルだ。
あのスキルも避けようがなかった。
ヨルネスから微かな光が放たれ、その刹那俺へと状態異常の押し付けが始まった。
通常、〚エンパス〛は大ダメージを負っているときや、よほど状態異常が嵩んでいるときしか、相手に被害を与えられない。
だが、ステータスに残らない状態異常を抱えていればどうか?
数万年に亘って絶望と虚無の中で、際限なく膨れ上がった加害欲求の発露と、先の見えない目的のためだけに生きながらえてきた怪物。
そいつの精神と瞬間的に同調させられたら、アレだけのショックを受けてもおかしくはねぇ。
だとしたら、アイノスがあれだけ多用することにも納得がいくのだ。
有効な攻撃手段のため、俺に対してだけならまだわかる。
だが、ステータス上は格下であるミーアに対しても何度も発動したようだった。
俺に対しても、明らかに使い過ぎた。
それが結果的に、俺にあの力の正体を教えることになったくらいには。
それは何故か?
世界に絶望しているアイツの、お気に入りの八つ当たり方法だからだ。
自分の不幸や絶望に耐えられるような奴はいないと、あのスキルを行使しながら、心中で笑ってやがったのだろう。
だからこそ、正面から突破されたときにはあれだけ動揺し、大きな隙を晒してくれたのだ。
先にアイノスから〚グラビディメンション〛をかまされそうになったのが幸いした。
アレはヨルネスのスキルだった。
それが俺の中にあった既視感を、より具体的なものにしてくれた。
アレを凌いだ後から、なんとなく引っ掛かるものを感じていたのだ。
でも、だとして、何になる?
あの精神攻撃が〚エンパス〛を用いた負の感情の濁流の押し付けだと見抜いたとして、何の意味もないことだ。
仮に無効化できたとしても、今となっては遅すぎる。
そもそもカラクリがわかっても、防ぎようなんてねえのだから。
俺はアイノスから距離を保ったまま、アイツの周囲を駆けていた。
俺の身体へ〚ヴォイドエッジ〛が当たり、体表を切り裂く。
〚自己再生〛を使えば〚アイディアルウェポン〛による〚神叛のラグナロク〛が維持できなくなって消えてしまうため、もはや回復もできなかった。
『アハハハハ! 惨めだねえ! ほうら、頑張れ、頑張れ! なんだっけ? 世界をボクの手から、解放したいんだろう? キミが負けたら、地上にテュポーンが降り立って、大虐殺を始めることになるよ? ほらほら、負けられないねぇ!』
アイノスはもはや俺に近づこうともしない。
〚大賢者の盾〛を展開し続けながら、間合いを保って〚ヴォイドエッジ〛を撃ち続けてくる。
戦闘初期は考えなしに連発してきていたアイノスも、温存しつつ緩急を付けて撃ってくるようになっていた。
考えろ、考えろ!
全てのスキルの可能性を探れ!
俺が勝手に、効果を狭めて考えて、勘違いしてるもんがあるかもしれねぇ!
今まで出会ってきた奴、その全てを思い返せ!
どんどん血が流れ出ていく。
薄れていく意識を、俺は気力だけで繋ぎ留める。
ついに〚ヴォイドエッジ〛の一発が、俺の尾骶骨へ直撃した。
下半身の感覚がほとんど残ってねえ。
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〖イルシア〗
種族:テュポーン
状態:通常
Lv :240/240(MAX)
HP :607/75663
MP :97/52082
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ここまで来て……俺は、負けるのか?
俺が負けたら、皆が……。
薄れゆく意識の中、俺の頭に、走馬灯のようにある場面が映った。
王都アルバン、カオス・ウーズと化したスライムとの、因縁の一戦。
あのとき、あるスキルで、どうしても説明が付かないことが起こった。
確かにあの時は疑問に思ったはずだが、激戦の中ですっかり忘れていた。
いや、あのときはそもそもその理由を知らなかったのだから、気付かなかったのも無理はない。
今なら説明がつく。
確かにスキルの説明とも符合する。
そしてこのことを、恐らくアイノスも気付いていねぇ。
システムはアイノス一人で管理していない。
ラプラスも噛んでんのは、〚胡蝶の夢〛の一件で明らかだ。
そもそもアイノスがこの事実に気付いていたら、この重要な戦いの最中で、あんな危ないことができたわけがねぇ。
俺達にはまだ希望が残っていた。
この戦い……最後の賭けに出る。




