760.世界の秘匿情報
「キミの物語に相応しい、最上の死にざまをプレゼントしてあげるよ」
神の声と向かい合う。
結局、正面切ってぶつかることになっちまった。
泣いても笑っても、これが最後の戦いだ。
俺は四大魔境の一つである最東の異境地の奥地で見つけた、アルキミア……ミーアの石板の内容を思い出す。
あそこには神の声の戦い方についての情報が記されていた。
『奴は基本的に、全てのスキルを使えると思っておいた方がいい。当然だが、私がこれまでに見た何よりも遥かにステータスが高かった。加えて、当時私の持っていたあらゆる耐性を貫通した、正体不明の凶悪な精神攻撃スキルを持ち、それを攻撃の主体に扱う。恐らく対抗する術はないので、精神力で堪える他にない』
……全スキル使用可能に、恐らくバアル以上の高ステータス、そして極めつけには不可避の精神攻撃スキル。
ステータスの高さは先の高速移動で思い知らされた。
ただの通常移動が、アポカリプスの目を以てしても全く追い切れなかった。
素早さのステータスに隔絶した差があることの表れだ。
ミーアも警戒していた不可避の精神攻撃スキルは、俺が以前神の声と対峙したときに二発味わっている。
予備動作から発動が凄まじく速く、攻撃範囲もまるで掴めなかった。
受ければ脳を直接鷲掴みにして揺らされたかのような不快感に支配される。
精神力で堪えたとしても、少なくとも一秒は完全に行動と思考を潰される。
神の声であれば、その間に俺を殺すことなどあまりに容易いはずだ。
何かしらの打開策を編み出さなければならない。
改めて考えて、とんでもねぇムリゲーだ。
無謀な戦いなのはわかっている。
だが、俺は神の声が造って来た中でも最強の魔物のはずだ。
そして神の声の目的は、自身を超える魔物を造り、世界の根幹であるラプラスを自在に操る権限を入手させることにある。
俺は未完成品とはいえ、神の声を超えることを目的として造られた魔物だ。
何かしらの意表を突くことができるかもしれねぇ。
それに奴の言葉を借りれば、この世界では想いの強さが小さなズレを引き起こし、その結果として異常現象を引き起こす。
だったら、俺が奴を倒せる可能性だってゼロじゃねえはずだ。
無謀は百も承知。
その上で奇跡を掴み取ってやる。
〖終末の音色〗を発動するのも視野だ。
次に使えばもう二度と帰ってこれなくなるかもしれねえが……ここまで来た以上、そんなことはもはや些事だ。
神の声にとっても何かとイレギュラーであったらしい俺が、恐らくこの世界を奴の支配から救える最後の存在なのだ。
俺が器として成功例であったのならば、次の神聖スキル持ちはきっともっと丁寧に丁寧に、奴の従順な手駒として育てられることだろう。
刺し違えることになっても、俺がここで、神の声の奴をぶっ潰してやる。
ただ、一点、どでかい不安点があるとすれば……。
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〖イルシア〗
種族:アポカリプス
状態:通常
Lv :175/175(MAX)
HP :2842/15371
MP :743/12440
攻撃力:13286
防御力:7332
魔法力:8756
素早さ:8519
ランク:L+(伝説級上位)
神聖スキル:
〖人間道:Lv--〗〖修羅道:Lv--〗〖餓鬼道:Lv--〗
〖畜生道:Lv--〗〖地獄道:Lv--〗
特性スキル:
〖竜の鱗:Lv9〗〖神の声:Lv8〗〖グリシャ言語:Lv3〗
〖飛行:Lv8〗〖竜鱗粉:Lv8〗〖闇属性:Lv--〗
〖邪竜:Lv--〗〖HP自動回復:Lv8〗〖気配感知:Lv7〗
〖MP自動回復:Lv8〗〖英雄の意地:Lv--〗〖竜の鏡:Lv--〗
〖魔王の恩恵:Lv--〗〖恐怖の魔眼:Lv1〗〖支配:Lv1〗
〖魔力洗脳:Lv1〗〖胡蝶の夢:Lv--〗
耐性スキル:
〖物理耐性:Lv6〗〖落下耐性:Lv7〗〖飢餓耐性:Lv6〗
〖毒耐性:Lv7〗〖孤独耐性:Lv7〗〖魔法耐性:Lv6〗
〖闇属性耐性:Lv6〗〖火属性耐性:Lv6〗〖恐怖耐性:Lv5〗
〖酸素欠乏耐性:Lv6〗〖麻痺耐性:Lv7〗〖幻影無効:Lv--〗
〖即死無効:Lv--〗〖呪い無効:Lv--〗〖混乱耐性:Lv4〗
〖強光耐性:Lv3〗〖石化耐性:Lv3〗
通常スキル:
〖転がる:Lv7〗〖ステータス閲覧:Lv7〗〖灼熱の息:Lv7〗
〖ホイッスル:Lv2〗〖ドラゴンパンチ:Lv4〗〖病魔の息:Lv7〗
〖毒牙:Lv7〗〖痺れ毒爪:Lv7〗〖ドラゴンテイル:Lv4〗
〖咆哮:Lv3〗〖天落とし:Lv4〗〖地返し:Lv2〗
〖人化の術:Lv8〗〖鎌鼬:Lv7〗〖首折舞:Lv4〗
〖ハイレスト:Lv7〗〖自己再生:Lv6〗〖道連れ:Lv--〗
〖デス:Lv8〗〖魂付加:Lv6〗〖ホーリー:Lv5〗
〖念話:Lv4〗〖ワイドレスト:Lv5〗〖リグネ:Lv5〗
〖ホーリースフィア:Lv5〗〖闇払う一閃:Lv1〗〖次元爪:Lv7〗
〖ミラージュ:Lv8〗〖グラビティ:Lv8〗〖ディメンション:Lv8〗
〖ヘルゲート:Lv6〗〖グラビドン:Lv8〗〖ミラーカウンター:Lv8〗
〖アイディアルウェポン:Lv9〗〖ワームホール:Lv1〗〖カースナイト:Lv4〗
〖リンボ:Lv4〗〖ディーテ:Lv4〗〖コキュートス:Lv4〗
〖終末の音色:Lv--〗
称号スキル:
〖竜王:Lv--〗〖歩く卵:Lv--〗〖ドジ:Lv4〗
〖ただの馬鹿:Lv1〗〖インファイター:Lv4〗〖害虫キラー:Lv8〗
〖嘘吐き:Lv3〗〖回避王:Lv2〗〖チキンランナー:Lv3〗〖コックさん:Lv4〗
〖ド根性:Lv4〗〖大物喰らい:Lv5〗
〖陶芸職人:Lv4〗〖群れのボス:Lv1〗〖ラプラス干渉権限:Lv8〗
〖永遠を知る者:Lv--〗〖王蟻:Lv--〗〖勇者:LvMAX〗
〖夢幻竜:Lv--〗〖魔王:Lv6〗
〖最終進化者:Lv--〗〖世界最強の証:Lv--〗
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……俺のHPとMPが風前の灯火だということだ。
いや、バアルをぶっ倒してから直後に招待されたから、当たり前なんだけども!
ウムカヒメが〖ハイレスト〗でありったけの魔力を費やして回復してくれたし、俺も神の声の話を聞く傍ら自動回復で身体を休めていたが、正直焼け石に水にしかなっていない。
秘かに期待してたんだが、どうやら戦闘前に回復してくれるタイプのラスボスではなかったようだ。
「キミがどういった存在なのか、最後にテストして上げるよ。存分に足掻いて、絶望して、そして傀儡の王としてボクを支え続けてくれ。キミがこの場でバグを、世界の揺らぎを見せてくれるのならば、ボクとしても好ましいことだよ」
神の声の周囲に、大量のゲームのテキストウィンドウのようなものが展開される。
「どうせキミが自我を残してこの空間を出ることはない。保険としてキミに課していた制限を取り払ってあげよう」
神の声が俺へと指先を突き付ける。
ぐわんと、視界が揺れるのを感じた。
【〖ラプラス干渉権限:Lv9〗が行使されました。】
……〖ラプラス干渉権限:Lv9〗?
なんだと思ったが、どうやらタイミングから考えて、これは神の声が行使したものであったらしい。
俺も同一の称号スキルは有しているが、そちらは【Lv8】であって、一つ低い。
【特性スキル〖神の声〗のLvが8からMAXへと上がりました。】
【通常スキル〖ステータス閲覧〗のLvが7からMAXへと上がりました。】
続けて俺のスキルレベルの上昇が告知される。
これが神の声が口にしていた、『制限を取り払う』ということか?
俺に何をさせるつもりなのかと考え、すぐにその答えに行き着いた。
『……随分なプレゼントじゃねえか。そこまで余裕振ってやがるとは』
「どうせキミが次の世代に情報を託すことはない。これからこの世界が終わるまで、キミはボクの手許から離れることはないんだからね。悠久の時を生きてきたボクに楽しみをくれた、キミへの細やかなプレゼントという奴さ。ボクは、ラプラスさえ揺るがすキミの心が、完全に折れるところを見たい。それがボクにまた新たな知見を齎してくれるかもしれないしね」
この期に及んで神の声は、これを戦いだとさえ認識していない。
俺のことなど、いつでも処分できる人形だと考えている。
腹立たしいが、奴に油断があるならありがたいことだ。
施しでも憐れみでもなんでもいい。
とにかく奴に対抗できる策を探せ。
奴の油断の合間を縫って奇跡を手繰り寄せる以外、俺には勝算がない。
俺は神の声へと意識を向け、奴のステータスの確認を試みた。
【正確に取得できない情報です。】
【〖ラプラス干渉権限:Lv9〗が行使されました。】
【世界の秘匿情報の制限が一部緩和されました。】
見慣れないテキストが浮かぶ。
どうやら神の声が自身に掛けていた何かしらのプロテクトを、神の声自身が〖ラプラス干渉権限〗を用いて解除したらしい。
頭がカッと熱くなる。
脳が裂かれたような激痛が走った。
見てはいけない、知ってはいけない何かを覗き見ようとしているような、そんな悪寒。
だが、目を逸らすわけにはいかねえ。
これから戦う、俺が絶対に負けられねぇ強敵のデータなのだから。
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〖アイノス〗
種族:--
状態:通常
Lv :255/255(MAX)
HP :99999/99999
MP :99999/99999
攻撃力:50000
防御力:35000
魔法力:50000
素早さ:50000
神聖スキル:
〖修羅道(レプリカ):Lv--〗〖畜生道(レプリカ):Lv--〗
〖人間道(レプリカ):Lv--〗〖餓鬼道(レプリカ):Lv--〗
〖地獄道(レプリカ):Lv--〗〖天道:Lv--〗
特性スキル:
〖神の視界:Lv--〗〖大賢者の盾:LvMAX〗〖聖神の魔眼:LvMAX〗
〖多重並列思考:Lv--〗〖アカシックレコード:Lv--〗〖グリシャ言語:LvMAX〗
〖HP自動回復:LvMAX〗〖MP自動回復:LvMAX〗〖浮遊:LvMAX〗
耐性スキル:
〖物理耐性:LvMAX〗〖魔法耐性:LvMAX〗
〖状態異常無効:Lv--〗〖七属性耐性:LvMAX〗
通常スキル:
〖ステータス閲覧:LvMAX〗〖天地創造:Lv--〗〖異界送り:Lv--〗
〖自己再生:LvMAX〗〖念話:LvMAX〗
称号スキル:
〖六大賢者:LvMAX〗〖全知全能:Lv--〗〖智慧の聖域:Lv--〗
〖世界の支配者:Lv--〗〖ラプラス干渉権限:Lv9〗
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俺は息を呑む。
これが奴……神の声の正体。
ステータスが俺の五倍以上はありやがる。
この素早さの差で攻撃を当てるのはほぼ不可能に近い上に、仮に攻撃を通してもほとんどダメージにはなり得ない。
スキル数自体は多くないのかと思ったが、すぐにそのカラクリがわかった。
【特性スキル〖アカシックレコード〗】
【ラプラスが所有する世界記録の一端。】
【全ての魔法スキルの使用を可能とする。】
さらっととんでもねぇことが書かれている。
ミーアの石板に刻まれた『神の声は全てのスキルを行使できると考えておいた方がいい』という言葉は、明らかにこのぶっ壊れスキルを指してのものだろう。
今まで本当に神の声が六大賢者なのか疑っていたが、どうやらそれは真実であったらしい。
ステータスに記された言葉を信じるのならば、だが。
『最後の六大賢者アイノス……それがテメェの正体か』
「光栄に思うといい。この世界の住人でその名を知ったのはキミが初めてだ。久方振りに名前を呼ばれるというのは、どうにも擽ったい気分だね。どうかな? この力差を前に、少しは気分が変わったんじゃないのかい?」
神の声改めアイノスは、そう口にして俺を嘲笑う。
『なんだ、テメェもステータスに縛られてたんだな。それも全然現実的な数字じゃねえか。なんならちょっと拍子抜けしたぜ』
虚勢半分、本音半分だった。
順当にやっても勝ち目のないステータス差だ。
だが、正体不明の神の声が、完全に俺達と同じシステムの上に成り立っていることはわかった。
ステータスが今の百倍だとか、HPが無限だとか、絶対に死ななくなるスキルを持ってるとか、そういった可能性も全然有り得た。
決して勝機がないわけじゃねえ。
奴の底が見えた。
これまで正体不明の謎の存在だった神の声が、アイノスという名前で、世界の最後の管理者だということも明確にわかった。
それがわかっただけ戦いやすい。
「つくづくキミは面白い! いいさ、その魂の輝きの全てを以て、全力で抗ってみせるといい! バアルやミーアなんかよりはボクを楽しませてくれよ!」