76.村
「はぁ……はぁ……」
ミリアは肩を押さえ、呼吸を荒くする。
手の隙間から見える生傷が痛々しい。
ステータスを確かめると、状態が〖流血〗になっている上、HPにもそこまで残りがない。
しかし、ミリアには回復魔法〖レスト〗を使うMPが、まだ一回分残っている。
「……白魔法、〖レスト〗」
彼女がそう口にすると温かな光が宙に舞い、俺の首を包む。
無理に低空で〖くるみ割り〗を使ったせいで鈍痛が響いていたのが、すっと和らいでいく。
「ガ、ガァッ!?」
ミリアの方が明らかに状態はよくない。
「首……さっきから、痛そうだったから……」
ミリアは痛みに耐えながら、それでも笑顔を作る。
「村に……行きましょう。私は、大丈夫です」
ミリアの傷は決して浅くはない。
今も押さえている手の指の隙間から、血が溢れてきている。
止血に使える葉なら、森にいくらでもあるはずだ。
探せば、すぐに見つかる。
だが、今はその時間すら危ういのも事実だ。
後ろに目をやれば、リトルロックドラゴンが見える。
「グゥガァァアァォオオオオオオッ!」
ステータスを確認して、恐ろしいことに気が付いた。
ステータス異常は〖憤怒〗、これはわかる。
想定内だ。
Lvが、大きく上がっている。
前回と同固体かどうかはわからないが、少なくともあの時に見たリトルロックドラゴンよりも更に強い。
いざとなったら戦略でステ差をひっくり返し、闘って勝てるかも……なんて考えていたが、そんな差じゃねぇ。
完全に蹂躙されるだけだ。
「イルシアさん!」
ミリアに名前を呼ばれ、我に返る。
俺は背を屈める。ミリアを背に乗せ、村へと走りだした。
村の入り口辺りには、五人の村人が倒れていた。
手にした弓が折れているのが二人、農具らしきものを握り締めているのが二人、槍を地に突き立て、なんとか立ち上がろうとしているのが一人。
五人の内、一人は息絶えていた。
農具を持っている子供だ。
五人の中で一番若い。
ステータスで〖HP:0/12〗を確認し、後悔した。思わず、目を背ける。
「クソ、今までは、こんなこと……」
弱々しい足取りで立ちあがった村人に向かうは、舌舐めずりをする三つ目の蒼き狼、マハーウルフ。
ドーズが乗っていたマハーウルフに違いない。
恐らくドーズはここで引き留められ、マハーウルフを足止めに置いて村へと入っていったのだろう。
「ガァァァァッ!」
マハーウルフの背に〖咆哮〗を浴びせ、マハーウルフの意識を俺に向ける。
村人も俺に気付く。
槍持ちの彼が目を見開き、武器を地面に落とす。
それから槍の後を追うように、彼自身も地の上に崩れ落ちる。
「そ、そんな……そんな、馬鹿な! こんな……なんで、立て続けに、ドラゴンまで……」
頭を抱えて嗚咽を漏らし、涙を流す。
上にミリアも乗ってんだけど……完全に俺しか見えてねぇな、あの反応。
仕方がないとはいえ、スゲー傷つくんだけど……。
襲いかかってきたマハーウルフを組み伏せ、尻尾でトドメを刺して難なく返り討ちにする。
Lv:MAXなので経験値が得られません~の報告を受け取り、無事に撃破したことを確認。
「み、皆! 落ち着いて! このドラゴンは、村を助けに来てくれたの!」
ミリアが俺の背から降り、頭を掻き毟って泣いている槍の人の肩に手を置き、声を掛ける。
それから一番怪我の酷い、農具を持った子供の傍に駆け寄る。
「アニエス、大丈夫! ねぇ!」
〖HP:0/12〗の子だ。
俺はいたたまれなくなって、牙を噛みしめる。
「アニエス! アニエス!」
「ガァッ!」
俺は短く鳴き、先に行く意思を示す。
ドーズを止めなくてはいけない。
ロックドラゴンが村で大暴れしたら、何人死ぬかわかったことじゃねぇ。
「ま、待って! 私が行かないと、イルシアさんだけだと……村が余計にパニックになっちゃうから……」
「ドラゴンには俺が付き添う! ミリアは、こいつらを連れて逃げろ! 村の中央部近くは危険かもしれん!」
「でも……」
「早く行け! 俺は、こういう時のために鍛錬を積んできたんだ!」
髭の濃い、槍の男がミリアに怒鳴るように叫ぶ。
それから俺に向かい、目を睨んでくる。
ドラゴンである俺のことを信用しきれていないのだろう。
男の様子からは、猜疑が感じられた。
「よ、よろしく頼む。イルシアというのが、お前の名なのか?」
恐る恐るといったふうに、手を伸ばしてくる。
俺は自分の腕を持ち上げ、爪を見せ、小さく首を振る。
残念だが、握手したら男の手がなくなる。
男はようやくそのことに気付いたようで、気恥ずかし気に腕を引っ込める。
いくらかは男も緊張が解れた様子だった。
「ガァッ」
俺は小さく吠えてから頭を下げ、背を屈める。
「上に、乗ってもいいのか?」
「ガァッ!」
男を背に、村の中央へと走る。
男の名は、グレゴリーというようだ。ステータスを確認してわかった。
足を怪我しており、〖流血〗を抱えているが、HP的には動き回ってもまだ大丈夫そうだ。
少し髭が濃いが、まだ二十代前半といったところだろう。
「まさか、思いもしなかった。人間の味方をする、闇竜がいるなんて」
ぽつりと、グレゴリーが呟く。
闇竜……というのは、闇属性持ちのドラゴンということだろうか。
「ガァッ」
それに答えるよう、俺は短く鳴く。
グレゴリーが、少し笑ったような気がした。
「ひぃっ! ドラゴンだ!」
「な、なんでグレゴリーが乗ってるんだァ!」
畑を横切ったとき、農作業をしている村人から悲鳴が上がる。
「イルシア、悪いが少し止まってくれ」
グレゴリーに言われ、足を止める。
「おい! モンスターかドーズが来るのを見なかったか!」
グレゴリーは、畑にいる村人に声を掛ける。
「モンスター!? こ、この村は守り神様の加護があるから、知能が低いモンスターが自発的に入って来るなんて、そんなことはそうそうないはずじゃ……」
「ドーズを見ていないか! アイツが先導して連れ込んでいるのかもしれんのだ!」
「見、見たさ。そうだ、あいつがいたんだよ! ほんのついさっきだ! 声を掛けたんだが、走って行っちまって……。あ、あの櫓の辺りだ! な、なぁ、いったい何が……」
「お前達も離れた方がいい。村の西部の端に避難しろ、あそこなら一番安全なはずだ。イルシア、頼む!」
「ガァッ!」
今は、説明をしている時間も惜しい。
ドーズを見失う危険があるし、ドーズが剣を振り回して暴れ出す可能性もある。
俺は、高く聳える櫓を目印に駆けだした。