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759.理想郷と邪神

「先の戦いは見事だったよ。やはりキミは神聖スキルの器となり、邪神フォーレンの封印を解く鍵としての素質がある。改めてそう痛感させられた」


 神の声は、俺へと場違いな拍手を送る。

 どこまでも続く虚空へと、手を叩く簡素な音が広がっていく。


『そのツラ見るのは二度目だな、神の声』


 俺は激情を抑え、息を整える。

 奴が、全ての元凶。

 世界を玩具として使い潰してきた最悪の敵。


「キミはボクを神の声と呼ぶけどね、それはどちらかと言えばボクではなくラプラスを指す。この世界を構築する、心なき巨大な演算システムさ。ボクはアレに介入して、ちょっとばかり好き勝手に事象を書き換えたり、キミに干渉させてもらったに過ぎない。まあ、他に呼び方も知らないだろうから、好きに呼ぶといいさ」


『別にんなもんはどうだっていい』


 ラプラス、ラプラスと呼ばれても、俺はそれについてほとんど知らない。

 俺にとっては何か大きな力の塊で、この世界の根幹で、予知能力を持っているらしい何か……でしかない。


「どうだってよくはないはずだよ。キミが今からどうするかを選ぶためには、何より情報が必要だろうに」


『…………』


 癪だが、それは奴の言葉通りだ。

 奴の寝首を掻くためにも情報は少しでもほしい。

 いい気になってペラペラ喋ってくれるのなら、聞いておくだけの価値はある。


「ボクもこの時代……キミの旅路を目にして、多くの答えを得た。極めつけが、キミと魔王バアルの戦いだ。この感動を、少しでも他者と分かち合いたいのさ。少しくらい、年寄りの長話に付き合っておくれよ。ようやくボクは、無限に続くとさえ感じていた永い永い牢獄の、その出口から漏れ出た光が見えたんだ。キミは何よりの最大の恩人だ。とても気分がいい、多少の譲歩もしてあげるつもりだよ。ああ、嘘じゃないともさ」


 他者と感動を分かち合いたい……か。

 目前のこいつに、そんな人間らしい感情があるとも思えないが。


「ラプラスはあらゆる未来を演算する力を持つ。この世界ができた瞬間と、終わりを迎える瞬間は、理論上、アレにとっては同じ既知の概念なのさ。キミが見てきた神の声のメッセージは、あらゆる世界の可能性から導いたものを、ボクがほんの少しアレンジしたものだ」


『だったら何が……』


「キミも多くの種族やスキルの説明文を見てきただろう? アポカリプスが〖終末の音色〗を用いて世界を破壊し尽くす。これは確かに起こるはずの未来だったんだよ。でも、そうはならなかった。キミ達の強い想いが、世界の法則をほんの少しだけ捻じ曲げたのさ。強い想いがラプラスの演算結果をズラして綻びを生じさせる。ボクがバグと呼ぶものの一種で……ラプラスに対抗できる唯一の現象だ」


 神の声が大仰に手を広げ、目を見開いてそう語る。


「旧世界では文脈によって好きに定義された言葉だけど、人間原理……いや、より正確には観測者効果というものだね。観測者の激情の爆発の負荷によって、ラプラスの演算プロセスが一部遅延し、本来起こり得ない挙動を引き起こす。死に損ないのスライムが破滅の光へと変貌し、ちっぽけな木偶人形が巨大樹と化し、終末の竜は心を取り戻す。この時代では妙に連続すると思ったが、どうやらキミはその渦中となって他者へと伝染させる、強い想いを有するらしい。これは従順な魔物を一匹得るより、遥かに大きい功績だよ。安心するといい、キミは確かに、交渉の席に座るだけの資格を得たと……」


 俺は神の声の言葉を遮り、目前の床へと爪を叩き付けた。

 床が砕け散り、その一部である白い粉塵が舞った。


 俺は床下の亀裂へとちらりと目を走らせる。

 どういった空間なのか不明だったが、どうやら壊せる物質ではあるらしい。

 かなり頑丈ではあるが。


 俺はすぐに視線を神の声へと戻す。


『俺は世界だの、なんだのに興味はねぇよ。お喋りに付き合ってやる義理もねえ。勿体振ってねえで、掻い摘んで最低限だけを話せ』


「つれないなあ、随分せっかちで、感情的だねぇ、キミは。ま、そんなことはずっとキミを見てきたボクだからよく知っているし、だからこそラプラスを欺けたんだろうけれどね」


 神の声が肩を竦める。


 相手の言葉以外から何か情報を引き出したいがための行動だったが、やはり奴の言動は掴みどころがない。

 ただ、機嫌がいい、浮かれているというのは、案外本心なのかもしれない。

 ンガイの森送りの直前に見せた激情がただの演技であったことを思えば、断定はできないが。


 しかし、神の声は、自身にとって有益になったはずの俺の反意を目にしても、まるで感情の変化を示さない。

 胸中を悟らせないようにしているというよりは、もっと単純に、俺が従順だろうが、反発しようが、どちらでもいいと考えているようにさえ思える。


「いいよ、聞く気のない相手に長話をすること程退屈なことはない。キミが知りたいだろう部分にだけ話を絞ろうか。とはいえ……キミにフェアな選択を委ねるには、この世界の成り立ちから話さなくてはならないだろうし、そうでなくては納得もしないだろう。安心するといい。ボクは、嘘は好きじゃないんだ」


 神の声が指を鳴らす。

 無限に広がる空へと、夥しい高さを持つ建造物の列が浮かび上がった。

 何事かと混乱したが、どうやらただ映像を投射しただけのものらしいと、すぐに気が付いた。


 俺は首を回し、無限に広がる未知の文明の建造物の列を一眸する。

 建造物は出鱈目な形をしている。

 奇妙な球体がついていたり、巨大な三角錐だったり。


 過去の文明というよりは、むしろ未来文明のそれに近いイメージだ。

 あちらこちらに奇妙な、用途不明の機械のようなものの姿が見える。


 俺はこれに見覚えがあった。


『理想郷イデア……』


 ヨルネスが大聖堂地下の石板にその名を遺した、神の声の故郷となる未知の文明だ。

 以前見たものは壁画に大雑把に刻まれたものだったため、俺はその実在を疑ってさえいたが、神の声が映し出したものは鮮明な建造物群の姿であった。


 神の声はかつて俺と自身が同郷だと妄言を宣っていたが、俺は断じてこんな世界は知らない。

 自分に関する記憶は何一つないが、いわゆる知識に関連する意味記憶については俺は鮮明に有している。


「夥しい程、太古の話……全てを手にした世界、理想郷イデアがあった。その世界に住まう者達は一切の制約なく魔法の力を自在に操り、永劫の繁栄と幸福を得たかに思えた。しかし、神に近づいた彼らは、ある禁忌を犯してしまった」


 神の声は愛しげに理想郷イデアを見回した後、俺へと視線を戻す。


『禁忌だと?』


「自身が本当に永遠を手にしたのか、それを確かめたがった。彼らは傲慢にも、永劫の繁栄と幸福……その絶対の保証を求めたのさ」


 とんだおとぎ話だ。

 これは本当に、俺にとって必要な情報なのか?


 何においても第一、絶対の保証なんてありはしない。馬鹿げた話だ。

 どんな技術があったとしても、未来がどうなるかなんて、誰にもわかりはしないはずだ。

 それに俺は、全部がわかるなんて、とても幸せだとは思えねぇが……。


『未来……?』


 俺の中に、引っ掛かるものがあった。

 なんとなくそれは聞き覚えのある言葉だった。


「イデアの住民達は、全ての魔法技術を集結させ、あらゆる未来を見通す夢の魔導装置を造り上げた。それが奴、ラプラスだ」


 ……ここでその名に繋がってくるのか。


「イデアの住民達は歓喜した。これで未来のあらゆる災いを予知し、取り除くことができる。我らの果てしない繁栄と幸福は約束されたものだ、とね。だが、いつだって神は、自身に近づく者達を認めないものだ。その過ぎた傲慢の代償に雷が落とされることとなった」


 理想郷イデアの映像に、巨大な化け物の姿が浮かび上がった。

 無限に広がるかに思える空を覆い尽くしている。

 とんでもないサイズだ。

 全身から数多の触手を這わせており、中央から覗く大きな単眼が、漠然と俺を見下ろしていた。


 この化け物も、これまで二度似たものを目にした覚えがある。


 一度目は最西の巨大樹島にあった、エルディアが住居にしていた地下遺跡だ。

 あそこには六大賢者らしき者達と、天から迫る邪神の姿が描かれていた。


 そして二度目はヨルネスが地下大聖堂に遺した壁画だ。

 壁には理想郷イデアが、そして天井には巨大な魔物の姿が描かれていた。


 今頭上に浮かぶ化け物こそが、エルディアが、ミーアが、ヨルネスが語っていた、かつて世界を喰らい尽くそうとした謎の存在……邪神フォーレンなのだろう。


「ラプラスは予言したのさ。ほんの近い先の未来……大いなる邪神が現れ、旧世界……理想郷イデアの全てを呑み込むことをね。お笑い種だろう? 全てを手にし、永遠の保証を求めて手を出したラプラスは、すぐ先の避けられない滅亡を示した。ボクはそこに、上位存在……神の意志を見出さずにはいられないね。フォーレンを誕生させたのは、その存在を予知によって確定させた、ラプラスそのものに他ならないはずさ」


 俺は空の邪神フォーレンへと目をやった。

 確かにあんな怪物が、ある日突然降って湧いて来るとは思えない。

 そこに何かしらの超常的な存在の意志を感じずにはいられない。


 神の意志を見出さずにはいられない……か。

 よりによって、神の声からそんな言葉を聞くことになるとは思わなかった。


「理想郷イデアは、こんなちっぽけな箱庭とは全く違った在り方をしている。神にさえ近づいた魔法技術によって、六つの世界を内包した場所だった。この世界の者共には想像も及ばないことだろう。そして六界の優れた魔術師達が集まり、ラプラスに集結させた魔法技術を駆使して、神の目を欺き、フォーレンに対抗する術を模索した。六界の魔術師……彼らは後に、六大賢者と呼ばれる」


 六つの世界を、内包した場所……?

 あまりにスケールがデカすぎる。

 六大賢者という言葉には聞き覚えがあるが。


 神聖スキルは、それぞれが各々の世界の支配者であることを示していた。


【神聖スキル〖人間道〗】

【人の世界を支配する権限を得る。本来の力は失われているが、進化先に大きな影響を与える。】


 たとえば〖人間道〗は、元々人の世界の支配者の証であったことが記されていた。

 だとすれば、元々六つの世界があったことはそこから窺える。

 過去に聞いてきた、フォーレンと六大賢者の話にも通じる。


 しかし、規模が大きすぎて理解が及ばねぇ。

 それになんだか抽象的で、今一つ話の輪郭が掴めない。

 何か、大事なピースが一つ欠けているような、そんな違和感を覚える。


 第一、この神の声の語る話に、どこまでいっても俺の元いた世界が存在しない。

 しかし、もしこの話が嘘だとして、ここまで来てわざわざ出鱈目なでっち上げを口にするだろうか?


「六大賢者はラプラスに集結させた魔法技術をベースに六つの世界を強引に統合し、邪神フォーレンの封印の依り代とすることを思い付いた。ただ、自分達ごと封じてしまっては意味はない。彼らはラプラスの演算能力を流用し、理想郷イデアそのものに、封印の内側で成り立つ、疑似世界を築き上げた。彼らが何よりも夢見た永遠を、魔法の上で成り立つ虚飾の箱庭として見事成し遂げたのさ」


 ……滅茶苦茶な話だ。

 六つの世界を代償に、邪神フォーレンを封印した?

 その結果、世界は実体を失い、ラプラスの計算の中でだけ成り立つ、夢の世界になった……ということか?


 なんとなくわかった気はするが……なんだ、コイツの話からずっと感じる、強烈な違和感は?

 そう、奴のいう魔法技術……魔法技術というよりは、もっと何か具体的なもののように感じるというか……。


「怖がりな六大賢者が次に恐れたのは、本当にこの虚飾の箱庭が、永遠に続くのかということだった。急拵えで出鱈目に統合された六界は不安定で、その上に築かれたこの世界も同様だったからね。六大賢者はより世界を絶対のものにするため管理者として降臨し、自らの手で統治を行った」


 神の声が手を軽く叩いた。

 世界を覆いくしていた理想郷イデアと邪神フォーレンの幻影が消える。

 代わりに、ローブを纏った六体の者達の姿が、神の声のすぐ背後に浮かび上がった。


 その姿は全員バラバラだった。

 人間にエルフ、鬼に人狼、そして天使と悪魔。

 かつて遺跡でエルディアに見せられた、六大賢者の姿とよく似ている。


 ただ、その天使の姿は、目前の神の声そのものであった。

 身体が崩れていないものの、顔付きや体躯は神の声そのものだ。


「永遠の命の前に精神を摩耗した六大賢者は、ひとりひとり輪廻へと加わり転生を選び、後の者に己の権限を託していった」


 神の声が指を鳴らす。

 六大賢者の姿が、一体ずつ炎に呑まれて消えていく。

 そして最後に、神の声と瓜二つの天使の大賢者のみが残った。


「だが、臆病で傲慢な奴らは、管理者不在となった新世界が永遠に続くのか、それを病的に恐れていた。自分の成し遂げた功績がいずれ無に帰すことを怖がった連中はボクを裏切った。先に消えた五人は結託して、管理者の権限を弱めて大部分をラプラスというシステムに丸投げした後……最後の一人が自ら転生する選択肢を断ち、唯一の管理者として残らざるを得なくしたのさ」


 天使の大賢者の瞳が、妖しく赤く輝いた。

 その光に呑まれるように、神の声の映し出していた幻影が消え去った。


「ああ、本当に永かった。裏切者共はボクの暴走を警戒していた。最後の管理者といっても、夥しい制約で行動を縛られ、権限はほとんど剥奪されていた。ボクがいくら命令を出しても、世界の存続に不利益となることは却下されてしまう。だから永い年月を掛けて六界に眠っていた情報を引き出し、拡大解釈してラプラスを欺き、この世界を少しずつ書き換えることにした」


『神聖スキルの争奪戦もその一環だってのか?』


「勘違いしないでほしいんだけど、アレは他の奴が最初に織り込んだことだよ。六大賢者は、この世界の住民達に、魔法の上に成り立っている幻想に過ぎないことを暴かれたくなかった。だが、技術が発展し続ければ、いずれ自身らの文明に近づき、住民達は真実を知ることになる。もっとも、それを危惧し始めたのは相当終盤でね。まともな対策が取れなかった」


 まさか……。


「だから五百年周期で大戦争を引き起こし、文明水準を巻き戻すことにしたのさ。世界創造の際に余ったリソースを搔き集めて使えそうなものを利用して、常に戦争の火種が途切れぬようにした。人間と魔物が絶対に理解し合えない世界を作り、それぞれの勢力の長に強大な力を与え、世界全土を巻き込む大破壊を齎す。そして永遠に続くシステムを成立させるため、この世界において不滅であり、それでいて世界を左右する力を秘めていて、自らの自我の残り香が宿っていて、都合よく今後不要になるものを流用することにした。それが創世者の一角である証であり、条件が整えばラプラスにさえ干渉できる力……神聖スキルだよ」


 神聖スキルの文言にて、本来の力は失われているが、元々は支配者の力だったことが記されている。

 アレはそういうことだったのか。

 敢えて元の役割を喪失させ、ただ世界を掻き乱す力を付与することだけを目的とされたものだったのだ。


 神聖スキルの取得に称号スキルが関わっている理由も分かった。

 結局のところ、対象の者が人間に与する存在か、魔物に与する存在か、それだけを中心に判別していたのだろう。

 善悪の判別もそこにだけ依存しているようだった。


「ボクはそこに乗っかることにしたのさ。神聖スキルは本来、世界の管理者権限そのものだ。システムを書き換え、六つの神聖スキルを受容できる存在を造り、完全な管理者権限……最大レベルの〖ラプラス干渉権限〗を持つ者を生み出す。そうすれば邪神フォーレンの封印を解き、この忌まわしき世界を終わらせることができる」


『……自身を裏切った他の六大賢者への復讐ってことか?』


「アハハハ、恨んでいないわけじゃないけど、そんな小さい目的のためじゃないさ。胸がすくのは間違いないけれどね。ボクは元より、こんな偽りの世界で最期を迎えるのはごめんなんだよ。ラプラスの輪廻システムの外側……元の世界の記憶を持つキミには、ここがどれだけ歪で退屈な世界なのか、よく知っているだろう? 広がる大地も、続く海原も、吹き荒れる風も、ここで生きる者共も、何もかも全てが不自然で、どうしようもない程に贋作だ」


 神の声が、わざとらしい笑い声を上げる。


「邪神フォーレンの封印を解き、同時に理想郷イデアをあるべき形へと戻す。ボクの目的はそれだけだよ」


『旧世界を邪神フォーレンを守るための封印じゃなかったのかよ。んなことしたら……!』


「ああ、この世界は潰えて……邪神フォーレンが、理想郷イデアの全てを呑み込む。でもね、ボクはそれでも構わないのさ。長生きは散々してきたから、最期に故郷の風って奴が恋しくてね。この世界はもう飽き飽きなんだよ。あの素晴らしい世界で死ぬなら、別にボクはそれで大満足さ」


 ようやくこの世界全体と、そして神の声のことが見えてきた。

 まだ呑み込み切れてはいないが、一つわかったことがある。

 奴と交渉できる余地なんてないし、神の声もそんなことは既にわかっているということだ。


 この世界を存続させたい俺と、その礎になった旧世界を復活させたい神の声。

 俺達は完全に対立しているし、神の声は旧世界以外の何にも価値を見出していない。


 そして何より、神の声が赤裸々すぎるということ。

 最初から妙だとは思っていた。

 神の声は、俺と交渉するつもりはない。


『テメェ……俺と取引するつもりなんか、最初からなかったんだな』


「おいおい、それは早とちりだよ。ただ前提を共有しただけじゃないか。さて、ここからボクの提示できる選択肢は二つ」


 神の声が指を二本立てる。


「一つ目はボクに従って〖ラプラス干渉権限〗を最大レベルへと上昇させ、邪神フォーレンの封印を解くこと。二つ目はこの場でボクと戦って敗れ、ボクの〖スピリット・サーヴァント〗になること。この二拓は絶対に曲げられない」


『ここまで来て、俺がそんなもん呑むと本気で思ってんのか?』


「呑む理由はあるさ。冷静に考えなよ。こんな偽物の世界に、躍起になってどうするんだい? キミは定着前の神聖スキルを偶発的に引き抜かれたせいで、本物の世界の記憶が完全にはリセットされていないんだろう?」


 ……前にも神の声から聴いた話だ。

 神の声は自身の権限を悪用し、ラプラスを欺き、システムに介入できるスキルの開発を目論んでいた。

 その結果生まれたのがスライムの〖スキルテイク〗だ、と。


 俺の中途半端な記憶は、元々俺の保有していた〖修羅道〗を、転生が不完全な卵の間にスライムの奴が引き抜いたせいで、ラプラスの管理にバグが生じた結果だろう……と。


「この世界の物質は、何一つ本物としての熱を帯びていない。こんな歪な場所で暮らしてどうするんだい?」


 神の声がわざとらしく肩を竦める。

 俺が口を開く前に、神の声が言葉を続けた。


「キミにとっても故郷の世界に、人間として帰れるチャンスじゃないか。自分が何者なのか、思い出したくはないのかい? 忘れていたキミの親しい家族、友人達もそこにはいるはずだ。邪神フォーレンのことを思えば長い時間ではないかもしれないしけれど、それはキミにとって意味のある時間になるだろう。あんなに人間に、元の世界に戻りたがっていたじゃないか」


『見縊んじゃねえぞ』


 俺は神の声を睨みつけた。


『来たばっかのときは、帰りたくて仕方なかったさ。だが、今俺の心に刻まれてんのは、この世界で会った人達との想い出だ。それ全部裏切って、覚えてさえいねぇ元の世界に戻りたいなんざ、微塵も思わねえよ』


「おいおい、綺麗事は止めなよ。キミも、散々この世界の歪さは感じていただろう? 意地を張ってボクに楯突いたって、どうせ勝算はないって、本当はわかってるはずだ。ここでただの操り人形と化すか、ボクと一緒に元の世界へ帰って、真の世界での最後の暮らしを享受するか。キミが不幸になるか、幸せになるか以上の選択じゃない。こんな世界、所詮はどこまでいっても、幼児をあやす慰みの玩具でしかない。歪で不自然な虚飾の世界。こんなもののために何かを懸ける意味なんて……」


『偽物の世界だの意味だの、小賢しいこと言われても知ったこっちゃねえ。この世界がどういった在り方をしてるのかなんて何一つ問題じゃねえよ。俺がここにいて、どう感じてるかが全てだ』


 神の声は、目を丸くして、ぽかんと口を開けている。

 ここに来て初めて見せた、人間らしい反応だった。

 コイツは本気で、今の提案が一蹴されるとは考えていなかったらしい。


『まさかそれが、俺を口説くための唯一の武器だったんじゃねえだろうな。だとしたら、お互い残念だったな。俺も、テメェをぶっ倒すなんざ賭けに、世界を巻き込みたくはなかったよ』


 俺は前脚を構える。


「キミはあの、美しい完成された世界に帰りたくないのか? 神に等しい技術、本物の世界……本物の法則、本物の五感、本物の人生、本物の命! 理想郷イデアには、ここにはない全てがある!」


『だいたい何が理想郷イデアだ! いちいち口挟まなかっただけでずっと噛み合ってなかったが、俺はそもそもそんな場所は知らねえ! 俺が来たのは、別の世界だ!』


「何を滅茶苦茶なことを。そんなわけがないだろう。ラプラスのシステムは、理想郷イデアを土台として成立している。記憶が混合しているんだろう」


 神の声が呆れたようにそう口にする。


「まあ、当たり前の話だけど、元々世界に名前なんて付いていないよ。識別名なんて、唯一のものには必要ないからね。理想郷イデアは、かつて存在した巨大世界全体を包括してこの仮初の世界の住人が付けた名を、便宜上ボクが流用しているだけだ。キミがそれを理想郷イデアと認識していないとして……」


『あんな建造物群も、ラプラスも、六つの異界も、魔法技術も、超文明も、何一つ知らねえよ! 勝手にテメェの世界の話に俺を巻き込むんじゃねえ!』


「だから、それはキミの記憶が不完全で……いや、しかし……。なんだ、自棄になって、出鱈目を口にしているのか? だが、キミの感情や思考の流れから、そういった意図は……」


 神の声が口を押える。


「まさか……いや、そんなわけがない」


 なんだ……?

 俺と神の声が同郷というのは、神の声本人が以前漏らしていたことだ。

 俺を揺さぶるための突拍子もないでまかせだと考えていたが、神の声はどうやら本気で勘違いしていたように見える。


 なんだこの、歪な気持ち悪さは。

 何か神の声の話には大事なピースが抜け落ちているように感じていたが、それは神の声が意図して抜いたものではなく、端から知らなかったことなのかもしれない。


「……もういいさ。何がどうあっても、キミが意志を変えるつもりがないというのはよくわかった。ここまで言われちゃあ、この先意見が変わっても、下手にボク以上の権限を与えるのはリスキー過ぎるしね。保険は掛けられるとしても、完全な〚ラプラス干渉権限〛で何が起きるかなんて、ボクにも読み切れない問題だ」


 神の声が額に手を当て、苛立った声を上げる。


 神の声を中心に、魔法陣が展開される。


 俺が身構えたその直後、俺のすぐ隣の空間が、大きく裂けるのを感じた。

 地面に大きな線が入ったかと思えば、巨大な衝撃波と共に、天から大地、全てが左右にズレ、大きな地響きが起きた。


 俺は地面に伏せ、衝撃に耐えた。

 空間に干渉する魔法スキルだ。

 恐らくは〖次元爪〗と同系統の、空間そのものを引き裂くスキル。

 それでいて、発動の予兆が一切存在せず、規模があまりにも規格外だった。


「ラプラスを欺けるのは、意志の強さ。残念だけど、ここまで来たキミが折れない可能性も充分考えていたよ。だがね、世代を跨ぐ毎に、ボクはラプラスそのものを掌握しつつある。キミという成功例を得ることもできた。次の五百年でボクは、キミよりもっと従順なキミを造ればいい。ただ、それだけの話だ」


 神の声の座っていた椅子が消え、その姿が宙へと浮かび上がる。


 俺は神の声へと〖次元爪〗をお見舞いしたが、当たったかに思えた神の声の姿が消失し、別の場所へと現れる。


 何かしらのスキルかと思ったが、純粋に速度の違いなのだと遅れて気付かされた。

 とんでもねぇステータスの差が開いていやがる。

 俺は、奴の移動を、知覚さえできねぇ。


「キミには感謝しているんだ。魔物としても、スキルの実験としても最高傑作だった。キミの持つ大きな感情も、バグのカンフル剤として機能してくれた。キミはね、キミが思っている以上に多くのデータをボクへと齎してくれていた。キミの数奇な旅路には、感性の失せたボクも感じ入るところがあった。とても楽しませてもらったよ。キミを傀儡化した後……キミの仲間達を使って、次代の肥やしになる経験値をまた集めておかないとね」


『テメェ……』


「キミの物語に相応しい、最上の死にざまをプレゼントしてあげるよ」

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― 新着の感想 ―
死んだ時復活するスキルを持っているイルシアに殺した魔物の魂を僕にするスピリットサーヴァントを使ったら変なバグが起きるんじゃないか?
元々の人間界が未来の地球だったりして。
的中率が0に近いですが考察を 内容を濁しながら 力も立ち場も限りなく神そのものだから他者を見下すのはムカつくが理解はできる でも偽りの世界だから、偽りの命だからという理由で神の声が他者を見下すのは「…
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