73.〖ドーズ・ドグルマード〗
後ろからコソコソと追跡して来るマハーウルフに意識を払いながら、俺は走る。
あいつを連れて村まで行くわけにもいかないし、適当なところで止まって勝負に持ち込むとするか。
相手は一体、ミリアを背負っていても充分ブッ飛ばせる相手だ。
俺は徐々に速度を落として引き付ける。
「ガァッ」
小さく鳴いてミリアにしがみつかせ、止まって振り返る。
追跡がバレたとわかったらしく、脇道からマハーウルフが姿を現した。
「グルワァァァッ!」
威勢だけはいいんだよなコイツ。
バレたんだから大人しく逃げてくれればいいものを。
例によって、さしてレベルは高くない。
帰り道に肉を回収して黒蜥蜴と猩々へのお土産にするか。
飛び掛かってきたマハーウルフに〖ベビーブレス〗を撃ち込む。
横に避けて接近してきたところで、尻尾で弾き飛ばす。
マハーウルフは地面を転がったものの、受け身を取ってすぐさま起き上がる。
「グゥルワァァァッ!」
再度吠え、先ほど同様に襲いかかってくる。
ちょっとバーサーカー過ぎるだろ。
こいつ、機械か何かなのか?
んなわけねぇよな、普通に血とか怪我とかできてるし。
「ガァッ!」
正面から飛び込んできたマハーウルフを、〖ドラゴンパンチ〗で迎え撃つ。
下から殴りつけ、顎を打ち砕く。
顔の潰れたマハーウルフは、そのまま俺の足下に倒れる。
ほんっとにしつけーな。
次来たらさっさと進化してLv上げに利用しちまうぞ。
さすがにもう近くにいないよな?
耳を澄ます。
さっきまで別方向を向いていたはずの大きな足音が、俺に近づいてきている?
いや、俺に……ではない。
ひょっとしてこれは、俺と同じ方向を目指している?
まさか、村に向かっている!?
だとしたら、とっととミリアを村に送り届け、引き返してから足音の正体を確かめる必要がある。
場合によっては戦闘もあり得るだろう。
足音のデカさからして、Dクラス以上は確実だ。
ひょっとしたらCクラスかもしれない。
ツインヘッド以上のモンスターだったら、俺単独で突破するのは不可能だ。
足音の間隔からして、さしてスピードはない……?
だったら、ちょっかいを掛けて村に行かないように仕向けることはできるか?
……今は、情報が足りなすぎるな。
とりあえずはさっさとミリアを村に連れて行くか。
彼女を連れたまま相手にできるモンスターじゃないことだけは確かだ。
考えをまとめていざ出発……と思ったところで、大量のモンスターの気配を感じた。
ああ、もう!
またマハーウルフかよ!
こっちはテメェなんか相手にしてる場合じゃねぇんだよ!
尖兵を倒したところでカメラがなくなり、見失わないように本陣が出てきたといったところか。
五体前後はいる……集団だな。
下手に闘ったらミリアに怪我を負わせちまうし、時間掛けて闘ってたら謎の巨大モンスターが襲来する。
今の巨大モンスターの足音の進路的に、このままだと俺とぶつかる。
かといって逃げて村まで行けば、マハーウルフの群れを村に連れ込むことになる。
最悪じゃねぇけど、あんま楽観視してられる状況でもねぇな。
これ、敵さんのボスかなりやらしいぞ。
さすがに狙ってやってるわけじゃねぇだろうけど、俺の性格わかった上で詰めに来てたら拍手喝采もんだわ。
「ガァァァァッ!」
俺は村と逆方向、来た道に向かい、大声で吠える。
いるのはわかってんだよ!
さっさと出てきやがれマハーウルフ!
大人数を相手取るのならまた洞穴のような地形に誘導し、ミリアを安全圏に置いてから存分に大暴れして戦いたいところだが、そのためにもまず相手の戦力を把握したい。
ひょっとしたらLvの高いマハーウルフが紛れ込んでいる可能性もある。
俺の鳴き声に反応して、気配が動くのを感じ取った。
奴らが来る。
「ウヒ、ヒヒ、ヒヒヒヒヒィ……」
大型モンスターの足音が微かに聞こえる以外は静かな森に、歪な笑い声が差し込まれる。
しゃがれていて、ざらついていて、汚れていて、弱り果てていて。
吹けば消えてしまいそうなか細い笑い声だが、強烈な悪意を凝縮したような、そんな雰囲気を感じ取った。
人間……なのか?
左右、辺りの木々の合間から、マハーウルフが姿を現す。
一体、二体、三体……四体。
そして、ゆっくり現れる、大きなマハーウルフ。
その上に跨る、やせ細った骸骨のような男。
男の服は土汚れが激しく、所々破けておりボロボロ。
腰に刺した剣もすっかり錆び付いている。
目は斜視気味で、異常な容貌と合わさって気持ち悪かった。
土塊でできた謎の球体を腕いっぱいに抱えている。
あれは……なんだ?
つーか、これはどういうことだ?
あまりの変貌ぶりに一瞬気づくのが遅れたが、俺の知っている奴だ。
マハーウルフに跨る骸骨男は、ミリアの捜し人、ドーズに間違いなかった。