706.元騎士団長VS竜狩り(side:アドフ)
「掛かれえっ!」
司祭の言葉と同時に、兵士達がアドフへと飛び掛かった。
アドフは向かって来る兵士の足を払い、背後を取って締め上げて彼を盾にする。
「なっ……!」
戸惑った二人目の兵士に対して、盾にした兵士を押し付け、彼の身体越しに体当たりを行って二人まとめて突き飛ばした。
「この狭い場所では、群れてもやり辛いか……。一人ずつ掛かれ! アドフは丸腰だ、落ち着いて掛かれば問題あるまい!」
司祭が大声で命令する。
アドフは三人目の兵士の刃を避けると、当て身で相手の体勢を崩し、その手から剣を引き抜いて奪った。
そのまま、その柄で兵士の顎を打つ。
兵士は呆気なくその場に崩れ落ちた。
「なっ、なっ……!」
「鈍ったんじゃないのか、お前達。訓練が甘くなったと見える」
アドフは片手で剣を構え、兵士らへとそう言った。
「ぐっ……うぐぅ!」
剣を奪われた兵士が、顎を押さえながら走って店外へと逃げて行った。
アドフはその後姿を睨むと、司祭へと視線を戻す。
「狭いとやりにくいと言ったな。出るか? ここじゃ店に迷惑が掛かる」
司祭はちらりと、兵士らを見る。
二人はまだ床に倒れており、一人は逃げて行った。
残るのは、士気の失せた兵が三人である。
「や、やはり同時に行け! 三人で掛かれば、勝てん相手ではないだろうが! 気圧されるでない! 手を抜くな、殺す気でやれ! どうせそう簡単にはくたばらんわ!」
司祭の命令で、三人が囲むように動く。
先の三人があしらわれたため、既に油断はなかった。
数の利を活かし、互いが邪魔にならないように間合いを取って剣を振るい、死角から圧を掛けてアドフの動きを牽制する。
アドフは剣で往なして躱し、対応していたが、反撃になかなか移れないでいた。
「あまりここで派手にやりたくはないんだがな……」
そのとき、司祭がアドフへと杖を向けて魔法陣を浮かべた。
「くたばるがいい、アドフ! ファイアボ……」
「〖衝撃波〗!」
アドフの刃から放たれた、実体を伴った斬撃が、司祭の手の杖を弾き飛ばした。
司祭自身も衝撃で吹き飛ばされ、床を転げてその場に倒れた。
「うぶぁっ!」
〖衝撃波〗を放つために振るった剣で、そのまま兵士の剣を絡め取って手許から弾く。
続いて、突然のことに距離を置こうと下がった兵士へ接近し、その腹部を蹴り飛ばした。
その後、アドフは残った最後の一人へと剣を向ける。
「ったく、人の店で魔法まで使うとは。もういいか?」
残された一人は、身じろぎしてからその場から下がり、剣を下げた。
戦っても敵わないのは明らかである。
三人で囲めば戦いにはなっていると考えていたが、違った。
アドフはただ一人も斬りつけず、この場を収めてしまった。
まるで勝負になっていない。
「邪魔して悪かったな、店主さんよ」
アドフは女店主にそう言って、司祭達を放って酒場を出た。
「はは……間に合った! 先生、あいつですよ!」
外へ出たとき、大きな声が聞こえてきた。
アドフが顔を上げれば、先に逃げたはずの兵士の姿が見える。
「お前、逃げたんじゃなかったのか」
「間が悪かったな、アドフさんよ! 今のハレナエには、教会が食客として迎え入れていた最強の剣士……『竜狩りヴォルク』がいるんだよ!」
「なんだと?」
兵士の背後から、銀髪の大男が近づいてくる。
「あいつが反逆者のアドフか?」
「ええ、そうです! やっちまってください、ヴォルク先生!」
彼らの会話を聞いて、アドフは手に汗が滲んだ。
ヴォルクは大陸最強を噂される剣士である。
馬鹿げた与太話が全て本当だとは思わないが、少なくとも自身よりは格上の相手だとアドフは見積もっていた。
アドフは勇者を除けば、ハレナエ最強の剣士だとされていた。
しかし、ハレナエは所詮、砂漠に囲われた小国。
自身が井の中の蛙であることは、アドフ自身が一番理解していた。
もし右腕が無事であったとしても、敵っていた相手だとは思わない。
(『竜狩りヴォルク』……噂ではかなりぶっ飛んだ奴だ。レベル差があったら、まともな戦いにもならないぞ)
アドフは下唇を噛む。
「よう、アドフとやら。俺様が『竜狩りヴォルク』だ。戦いとあらば、俺様は手加減できんぞ。今の内に降伏することだな」
ヴォルクが前に出る。
ヴォルクは二メートルを超える、肥えた巨漢であった。
大きく突き出た顎が印象的であった。
「……なんだか、聞いていた話と随分と姿が違うのだが」
噂に聞くヴォルクは、引き締まった身体をした、野性的な美丈夫という話だった。
その巨躯が霞む程の巨大な剣を軽々と操る……と聞いていたが、目前のヴォルクの剣は、体躯に比べれば随分と控え目な得物に見える。
伝承には幻想が付き物だが、それにしてもあまりに落差が激しい。
佇まいや風格からも、圧倒的な強者のそれを感じなかった。
「なんだとぅ? 俺様を馬鹿にしているのか?」
「い、いや、すまない」
アドフはつい、頭を下げた。
幻想を押し付けて本人に勝手に落胆するなど、あまりに失礼なことである。
「おお、来ておりましたか、ヴォルク殿! アドフ、貴様もこれまでよ!」
司祭が兵士に身体を支えられ、酒場より姿を現した。
ヴォルクの姿を確認すると、声を上げながらアドフを笑う。
「どうしたアドフ? 俺様は一度剣を振るえば、手加減はできんぞ。肉塊になりたくなければ、とっとと剣を捨てて降伏せよ」
「元より、剣を合わせてみたいと願っていた相手。このような形となるのは残念だが、大陸最強の剣をご指導いただこう、ヴォルク殿」
アドフは左手で剣を構え、ヴォルクへと向ける。
「片腕で俺様に敵うとでも? 降伏せよ。さもなくば……」
「はっ、愚か者め! ヴォルク殿は大陸全土……いや、海を渡って名が知られる、伝説の剣士であるぞ! 片腕を失くした、元ハレナエ最強など、赤子も同然よ!」
ヴォルクの声を遮って、司祭が笑う。
「ヴォルク殿! アドフなど、ミンチにしてやってくだされ!」
「い、いや、降伏……」
そのとき、轟音と共に暴風が吹き荒れた。
大地が激しく揺れてアドフの身体は衝撃に飛ばされ、視界が土煙に覆われる。
まさかヴォルクが何か仕掛けたのか……と考えたが、その考えはすぐに否定された。
「ひっ、ひぃっ!」
土煙の奥に、ヴォルクが巨体を丸めて身体を縮めているのが映ったためだ。
アドフは耳を押さえながら立ち上がる。
「いったい、何が……」
土煙が薄れていき、とんでもない光景が姿を現した。
「なんだこれは!?」
ハレナエの街をぶった斬るように、巨大な崖が姿を現していた。
周辺部には、崩れた建物や、ひっくり返った家屋が見える。
崖はハレナエの中央の方から、砂漠の果ての地平線まで続いていた。
アドフは目前の光景に、理解が及ばなかった。
崖の端にはハレナエの聖堂がある。
聖堂の上に、鎧姿の大男が立っているのが目に付いた。
距離があるため正確な大きさはわからないが、異様な巨躯であった。
聖堂の大きさが怪しくなるほど背が高い。
三メートル近くはある。
そしてその全長さえ超える、異様な大きさの剣を手に有していた。
「まさか、アレが……?」
一瞬頭に浮かんだ妄想を、アドフはすぐに否定した。
まさか、有り得るわけがない。
あの巨大な剣士が放った斬撃が、ハレナエの国を二分したなど。