692.天使の鏡
ヨルネスのカウンター戦法は崩せる。
仮にステータスの近い同ランク帯であれば対処不可能だったかもしれねぇが、素早さの差でゴリ押せそうだ。
攻撃力だけでなく魔法力でも勝っているため、一発一発でしっかりダメージが通っているのも大きい。
多少〖ルイン〗の被弾覚悟で動いても、削り合いで押し勝つことができる。
手に入れてから初めて〖ワームホール〗さんが役に立った。
オリジンマター戦でいいようにやられた経験が活きたな。
もっともヨルネスくらいピーキーな相手じゃねぇと、あんまし実用性はなさそうではあるが……。
土煙の中、ヨルネスの双眸が怪しく輝くのが見えた。
その瞬間、身体が内部から引き裂かれるような激痛が走った。
内側からの衝撃に押し出されるように口から体液が溢れ出る。
ヨルネスのダメージ共有スキル、〖エンパス〗だ……!
カウンターを掻い潜ってダメージを与えても、結局この不可避の攻撃でお返ししてくるのが性質が悪すぎる。
ここで〖ルイン〗が飛んでくると対応が苦しい。
一旦背後へと退き、〖自己再生〗と〖竜の鏡〗で外傷を治癒した。
立て続けに〖エンパス〗を叩き込まれる危険性も考えて、HPの回復は四割程度に抑えておく。
思ったより重いダメージが飛んできた。
ダメージを与えても与えた分だけ返してくる。
本当にステータスやスキル構成次第では簡単に詰みかねねぇ相手だ。
ただ、俺にとって重いダメージだったということは、ヨルネスにもそれだけダメージが通っているということだ。
タフさなら俺の方に分がある。
このまま行けば、順当にMPを削り切れる!
〖エンパス〗の仕様上、自分よりダメージを受けている相手にはダメージを与えられない。
実際に何度もくらって、あのスキルの性質が概ね見えてきた。
恐らく『最大HPから現在のHPを引いた値』を『既に受けているダメージ』として扱い、自分が相手よりもダメージを負っていた場合にその差分のダメージを与えるスキルなのだ。
俺のHPを好き放題に減らすことはできても、最大HPでヨルネスに勝っている俺をあのスキルで倒しきるような真似は絶対にできねぇはずだ。
馬鹿みたいに厄介なスキルではあるが、性質はこれで理解できたはずだ。
ヨルネスには速さがないため、相手の戦法を理解した上でそれを対策して潰せば安定して有利を取ることができる。
アポカリプスには充分それができる。
相手の魔法攻撃を避けつつ、カウンタースキルが追い付かないようにタイミングをズラした同時攻撃でダメージを稼いで消耗を強いる。
HP差が開けば〖エンパス〗でダメージを負って回復を迫られるため、対策に回復のタイミングも考えて俺とヨルネスのHPを常に管理し続ける。
簡単なことじゃねぇのは確かだが、決して不可能なことではない。
絶対に倒し切ってやる……!
『……あ?』
土煙が晴れたとき……そこには、アポカリプスを模した大きな石像があった。
アバドンと同じく青白い石材が用いられている。
瞳だけは怪しく、赤い光を放っていた。
ただ姿を変えたってだけのわけがない。
これは……。
【特性スキル〖天使の鏡〗】
【視認した相手の姿と、その攻撃力と素早さを得るスキル。】
【変動するステータスに応じて消耗するMPが決定する。】
【また、姿を変化させるスキルの消費MPを大幅に引き下げることができる。】
対象と同じ攻撃力と素早さになるスキル!?
アバドンは他のスキルも散々インチキ臭いものばかりだったが、これはその中でも頭一つ抜けたとんでもスキルだった。
アバドンの唯一の弱点が、攻撃力と素早さの低さなのだ。
そこが補われたら話が変わっちまう。
ただでさえ魔法攻撃も強いのに、こうなっちまったら手が付けられるわけがねぇ。
消費MPが変動するとはいえ、相手のレベルやランク関係なくステータスを奪うのはヤバ過ぎる。
ゴリゴリにカウンター特化スキルに恵まれてやがった癖に、それが効かなかったときの保険まで持ってやがるのか。
ここまで厄介な奴は本当に初めて見た。
「グゥオオオオオオオオオオオオオオッ!」
ヨルネスが吠える。
石造りの翼が、まるで生き物そのもののように羽ばたいて宙へ浮かび上がった。
しょ、消耗MPはさすがに激しいはずだ!
距離を取って持久戦を強いれば、すぐにバテてくれる……というより、そこに賭けるしかねぇ!
俺は身体を翻し、ヨルネスとは反対方向へ跳んだ。
「グゥオオオオオオッ!」
一直線にヨルネスが飛んで追ってくる。
やはり消耗MPは激しいらしく、動き方に迷いがねぇ。
これまでとは違い、速攻で俺を仕留めてやるという意識が見えた。
〖鈍重な身体〗の特性スキルがあったのでアポカリプスの間も遅くなってくれるんじゃねぇかと期待したのだが、どうやら今は速度半減になってくれていないようだった。
元々ベルゼバブやワールドトレントなど、明らかに機動力を欠いた外観の魔物が持っているスキルだった。
あのアバドン本来の姿でなければ〖鈍重な身体〗の素早さ半減ペナルティは発動しないのだろう。
そして最悪なことに……今のヨルネスは、俺よりも速かった。
毒と呪い、麻痺の状態異常の差だった。
アバドンの姿を相手取っていたときにはステータスの開きがあまりにも大きかったため、状態異常の動きにくさなど大した問題ではなかった。
しかし、同ステータス対決に持ち込まれた以上、この差は誤魔化しようがなかった。
あの〖ドッペルペイン〗と〖エンパス〗のクソコンボは、持久戦にもつれ込ませて毒で急かしてカウンターで仕留めるためだけのものではなかったのだ。
戦法を切り替えた際に、〖天使の鏡〗でステータスをコピーして、状態異常の差で有利を取る狙いもあったのだ。
〖自己再生〗を過剰に用いてどうにか状態異常を軽減こそしているが、すぐには完治できそうにない。
どんどんヨルネスが距離を詰めて来やがる。
考えろ、俺!
激しいMP消耗以外に欠点がなかったら、最初から〖天使の鏡〗を使って速攻で決めにきていたはずだ。
それをしなかったということは、何か他に弱点があるはずだ。
そのとき、目前に虹色の球体が浮かび上がった。
〖ルイン〗を俺の前方に置いて、逃げ道を塞いで来やがった……!
スライムの奴もやっていた戦法だ。
『〖ミラーカウンター〗!』
俺は即座に自分と〖ルイン〗の間に光の防壁を展開し、そのまま壁を蹴って別方向へと素早く転換した。
背後で虹色の光が爆発する。
上手く爆風に乗るように再加速したが、さすがに追ってくるヨルネスを振り切るには至らなかった。
『くそっ!』
俺は我武者羅にヨルネスへと〖次元爪〗を放つ。
奴の石の体表に傷が入った。
ダメージは通ったようだが、異様に打たれ強い。
まるで動きが止まらなかった。
ただ、今のでわかった。
ヨルネスは〖天使の鏡〗の発動間……〖因果の鏡〗を使えないのだ。
いや、アバドンの姿でないときは〖因果の鏡〗が発動しない、と考えた方が恐らくは正確か。
〖因果の鏡〗の発動時、アバドンの背負っている鏡の表面が光を放っていた。
完全物理反射にはあの鏡が必要なのだろう。
さすがに高速で迫ってきてぶん殴りながら、完全物理反射まで搭載している、なんて馬鹿げた性能ではないようだ。
〖天使の鏡〗の変身はMP消費も激しいはずだ。
おまけに最大の強みである〖因果の鏡〗も捨てることになる。
凶悪なスキルではあるが、ヨルネスが〖天使の鏡〗に頼ったということは、俺が彼女を追い詰めているということの証明だ。
ここさえ凌ぎ切れば、ヨルネスを倒すことができる。
もっとも、完全物理反射がなくなったとはいえ、ヨルネスはHPも防御力も高い。
おまけに打たれ強そうであるため、下手に殴っても即座にぶん殴り返されるのも見えている。
この分の悪い中で、上手く殴り勝っても〖エンパス〗でダメージを押し付けられる。
かといって近接戦を避けても、〖ルイン〗の弾幕と〖ミラーカウンター〗が待っている。
本当に厄介この上ない。




