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674.とある少女と邪竜の噂(side:ミリア)

 聖都リドムに到着して宿を取った私とメルティアさんは、聖女リリクシーラについての情報収集のために市街地を歩いた。

 そして噴水のある広場にて、聖神教の老いた教徒、グレムさんより詳しく話を聞くことに成功した。


「何も知らんのだな、旅の御仁。聖女様は邪竜の魔王と決着を付けるべく、聖騎士団と共に最東の異境地へと向かわれたのじゃよ」


「う、嘘……聖女リリクシーラが、イルシアさんを狙って……」


 聖女リリクシーラは、イルシアさんをアーデジア王国を狙った黒幕に仕立て上げるだけでは飽き足らず、世界の端まで追い掛けての討伐を企てているようだった。

 メルティアさんも話を聞いて、苦い表情を浮かべている。


 なぜそんなことになったのかはわからない。

 ただ、確かなことがある。

 聖女リリクシーラはこの世界最大の戦力を有する英雄であり……仮にイルシアさんが彼女に打ち勝ったとしても、そのときは間違いなく人類の敵として全世界に認識されるであろう、ということである。

 イルシアさんは聖女リリクシーラに殺されるか、本当に魔王として世界から狙われ続けることになるか。

 そのどちらかしかないのだ。


「どうして、こんなことに……! こ、こんなの、絶対におかしいです! だってあのとき、イルシアさん……あのドラゴンは、王都アルバンを守るために戦っていたのに!」


「お、おい、ミリア、落ち着け! あはは……すまない、グレムさん、この子、少し興奮してしまって……」


 メルティアが目線で『その話はよくない』と訴えかけてくる。


「はん、何を出鱈目を言うんじゃ」


「わ、私は、あの場に居合わせていました! 王城に招かれていた、メルティアさんの付き添いで……!」


「なんじゃと……?」


 私の言葉が予想外だったらしく、グレムさんの表情が歪む。


「ですから、絶対に違うんです! 他の王城に招かれていた方々や、王都アルバンにいた人達の証言を聞けば、きっと何かがおかしいってわかるはずです! こんな戦い、決着がつく前に止めないと、取り返しのつかないことになります!」


 グレムさんが杖を床に打ち付けた。


「て、適当なことを並べるではないわ! ぺらぺらと妄言を! 第一……あの忌まわしき邪竜はな、ハレナエに乗り込んで勇者様を殺害しておるのじゃ!」


「う、嘘……」


 私は言葉に詰まった。

 砂漠の地ハレナエにて、勇者が魔物から故郷の国を守ろうとして命を落としたことは知っていた。

 だが、それがイルシアさんだったなんてことは聞いたことは疎か、考えたこともなかった。


「本当なのか……グレムさん。その、別のドラゴンだとかは……」


 メルティアさんが困惑したように尋ねる。


「ああ、別の邪竜かもしれんの。人里に乗り込む、青紫の鱗と白い鬣、二つの首を有する邪竜など、珍しくもなんともないじゃろうからな!」


 激昂したグレムさんが、大声で私にそう怒鳴る。

 突然の怒声に、周囲の人達が何事かと、ぎょっとしたふうに私達を見ていた。


 私は何も言い返せなかった。

 本当に全く同じ特徴のドラゴンが現れて勇者を殺したとなれば、それは疑いの余地なくイルシアさんのことだろう。

 そもそも魔物が大都市に乗り込んでくること自体、そう多くはない事件なのだから。


 知恵のない魔物は、魔除けのお呪いや結界で追い払うことができる。

 私の村にあったのは、マリエルさんがほとんど個人で用意した簡易の魔除けのお呪いだったが、それでも村まで魔物がやってきたことは少ない。

 大都市ともなれば、優秀な魔術師達が集まって、何重もの魔除けの結界を張っている。


 そして知恵のある魔物は、危険を冒してわざわざ大都市に入り込んでくることはない。

 都市ぐるみで討伐に出られれば一溜まりもないからである。


 ドラゴンが乗り込んできて、片や勇者の殺害、片や王国の乗っ取り工作。

 どちらも歴史に残る大事件である。

 特徴も全く同じと言われれば、それは別のドラゴンだと主張できる要素がない。


「き、きっと何か、情報伝達に誤りがあって……それで……。そ、そうです! 聖女リリクシーラが王都アルバンの事件をドラゴンに押し付けるために、わざと嘘の情報を……!」


「……ミリア、もう行こう」


 メルティアさんが私の肩を叩き、ゆっくり首を左右に振った。


「ハレナエと聖都リドムは、聖神教の二大聖地だ。加えてリーアルム聖国は、勇者の生まれる地として、資源や物資の少ないハレナエにかなりの支援を行っている。ハレナエは砂漠に閉ざされた地だが、ハレナエの情報が聖都リドムに流れていることは何もおかしくない。それにハレナエをドラゴンが襲撃したのなら、目撃者は相当な数に上る。特徴を誤魔化すなんて現実的じゃない」


「メ、メルティアさん、でも……」


「すまない、グレムさん。私達は旅の者で、この地についても深く知らない。失礼があったことを謝罪する」


「ふん! わかればいいのじゃ、わかれば! まったく……聖女様を貶め、邪竜を崇めるとは! 粗野で学がなく、信仰心もない! 流れの冒険者などと口を利いてやったのが間違いじゃったわい!」


 私も頭を下げてグレムさんへと謝罪し、すぐにその場を離れることにした。


「ごめんなさい……メルティアさん。言うべきじゃないって、頭ではわかってたのに」


「それだけショックだったのだろう。私だって驚いたさ、ミリアが冷静に話を聞けなかったのも仕方がない」


「……事件の話も、聖女リリクシーラがイルシアさんの討伐に出たことも、凄くショックでした。でも、それ以上に……どうして会うどころか、一目見ることさえしていないイルシアさんのことをあんなに悪く言うんだろうって、それが悲しくて……。あのお爺さんに、もしかしたら例のドラゴンは悪くなかったのかもしれないって、そう思って欲しかったんです」


 メルティアさんは、私の頭を撫でた。


「みんな自分の価値観で生きているからな。知らないものは、そう決めつけてしまった方が楽なんだ。自分の知らないものについて、全てを色々な角度から考えていたら、それだけで頭がパンクして何もできなくなってしまう。知らないものを悪し様に言うのはよくないことだが……まぁ、私だって……リーアルム聖国中の人間が英雄だと崇めている聖女リリクシーラを、見たこともないのに他国での評判で、面白半分に好き勝手言っていたわけだからな」


「……それは、そうですね」


「自分の友が否定されて悲しかったのだろう。だが、あの老人が邪竜だと謗っていたのは、あの老人の価値観の中のイルシアだ。ミリアが実際に会ったイルシアとは、全く別のものなんだよ。そう分けて考えてしまった方がいい。あの老人の話を聞いても、実際に会ったことのあるミリアはまだ、あのドラゴンのことを信じているのだろう?」


「ありがとうございます。少し……落ち着きました」


 私がそう言って頭を下げると、メルティアさんが破顔した。


「フフ、どうだ? 私もたまには真っ当なことを言うだろう!」


 私も釣られて笑った。


「メルティアさん……またすぐに茶化して誤魔化そうとする」


 メルティアさんは照れを隠すように、赤い顔で咳払いをした。


「……ただ、イルシアさんが大変なことになっていることに変わりはありません。どうしたらいいのか……。そもそも私なんかに、できることなんて何もないのかもしれませんけれど……」


「まあ、四大魔境……世界の端まで行くのも、聖女リリクシーラの戦いに割って入るのも不可能だろうな。できることをやればいい。元々、真実を知りたい、例のドラゴンと話したいと思って、ずっと旅を続けてきたのだろう? 聖女リリクシーラがこの地に戻ってくれば、真相を聞き出すために話をする機会もあるかもしれない。聖女リリクシーラが戻ってこなければ、旅を続けていれば、いつかはドラゴンから話を聞く機会が訪れるかもしれない」


「そう……ですね」


 私は頷き、聖都リドムの街並みを眺めた。

 イルシアさんが勝つか……或いは、聖女リリクシーラが勝つか。

 決着がつくまではここに滞在するべきだろう。


 大聖堂に宮殿。

 聖都の美しい景観の中でも特に際立っている二大建造物へと目を向けた後、私は巨大な『ルミラの天使像』へと視線を移した。


「あれ……?」


 私は目を擦った。


「む、どうしたのだ、ミリア? 目にゴミでも入ったか?」


「いえ、あの……人が立ってるんですよ。聖神教の何かの祭事でしょうか?」


「なに……?」


 見間違いではない。

 巨大な『ルミラの天使像』の頭の上に、厚手の法衣に身を包む女の人が立っていた。


 周囲の人達も彼女の存在にちらほらと気が付き始め、彫像の頭を指差して騒ぎ始めていた。

挿絵(By みてみん)

【他作品情報】

 『暴食妃の剣』コミック版第三巻、三月二十五日に発売いたします!

(2021/03/22)

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 人のまま伝説級のステータスを得ることは出来ないらしいから聖女や勇者として生まれた人間が後天的に変化しないと至れない魔物(ホーリーナーガとか)が人化してるんだろう。 最強の魔王・魔獣王・…
[一言] そろそろ相方帰ってくるのかな(期待のこもった目)
[一言] 天使像の上の人影はやはり神の声の手下の聖女でしょうか 街中に突然現れるんですね イルシア達が間に合っても戦いの余波で被害がかなり出そうです
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