672.元の世界へ
『まさかこんな形で決着が着くとは思いませんでしたな』
トレントが照れ笑いを浮かべながら口にする。
『……俺も思ってなかったよ』
ユミルの亡骸を目前にしながら、俺は溜め息を吐いた。
短期決戦になるから〖死神の種〗は機能しないだろうと思い込んでいたため、俺もすっかり見落としていた。
あんな便利な〖金剛力〗のスキルのMP消耗量が少ないはずもなかったのだ。
結果論ではあるが、これなら強引に連続攻撃を仕掛けずとも、攻撃すると見せかけて引いて〖金剛力〗の空打ちを誘って、その合間に攻撃を通して〖自己再生〗を使わせれば、もっと安定した勝利を掴めたかもしれない。
俺は特化型ばかり評価する傾向にあったが、偏り過ぎたステータスというのは、案外意外なところに弱点があるものなのかもしれない。
『しかし、妙だな……伝説級のユミルを倒したのに、二万ぽっちしか経験値が来ねぇなんて。十万近くいくんじゃねぇかと思ってたんだが』
思いの外レベルが上がらなかった。
ユミルを倒せばもうちっと大幅にレベルを上げられるっつう、狙いがあったからこそリスクを承知であいつと戦ったんだがな。
『ふむ、何か主殿の気が付いていない、裏のルールがあるのかもしれませんな』
俺は木霊トレントとしばし顔を合わせていたが、そのとき、ふと思い至ったことがあった。
俺はトレントのステータスを確認した。
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種族:ワールドトレント
状態:呪い・木霊化:Lv6
Lv :130/130(MAX)
HP :1476/5773
MP :23/1534
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トレントは【Lv:119/130】から【Lv:130/130】へと上がっていた。
対してアロは【Lv:114/130】から【Lv:117/130】である。
因みに俺は【Lv:92/175】から【Lv:104/175】であった。
犯人は見つかった。
間違いなく経験値の大半をトレントに持っていかれている。
『……トレント、お前、最大レベルになってるぞ』
『本当ですか主殿! これでまた一層、私は強くなれたということなのですな! これからも絶対にお役に立ってみせますぞ!』
トレントが嬉しそうにビシッと背伸びをする。
思えば、トレントは今回の戦いで滅茶苦茶貢献していた。
影でずっとMPを削ぎ続けていたのは〖死神の種〗であるし、最終的にユミルを倒したのも〖死神の種〗である。
相手の一撃を〖不死再生〗で防ぎ、〖ウッドカウンター〗で大ダメージを与えて〖自己再生〗の使用へと追い込んでいる。
考えてみれば、トレントの経験値分配率が跳ね上がるのも納得のいく話であった。
『頑張ったな、トレント』
俺はトレントの頭を指先で撫でた。
『ふふん、当然のことですぞ主殿!』
トレントが得意げに胸を張る。
何はともあれ、これで今度こそ、このンガイの森でやり残したことはなくなった。
俺達は再び天穿つ塔の内部へと戻った。
巨大な螺旋階段が無限に続く、塔の内装を見上げる。
『……ここを出たらよ、もう森を駆け回りながら、食材探したり魔物狩ってレベル上げに励んだりするようなことはもうねぇんだろうな』
もうその必要がないからだ。
レベル上げをするにも、俺の経験値の足しになる魔物はもう、このンガイの森くらいにしか存在しない。
そして強くなるにも、俺より強い相手はもう、神の声と奴の〖スピリット・サーヴァント〗くらいだろう。
そう思うと、不思議とちっと寂しくもあった。
森で黒蜥蜴や猩々達と拠点を築いたり、砂漠でニーナや玉兎と必死に大ムカデから逃げ回ったり、突然竜神なんて崇められて害虫の群れと戦うことになったり、僻地の島で異形の化け物達に襲われたり……。
大変だったが、あれはあれで楽しかった。
もうきっと、経験値獲得に躍起になるようなこともないのだろう。
「そうしたら、どこかの静かな森でゆっくり拠点を構えて、たまに人里に遊びに行ったりすればいいんですよ。きっと楽しいですよ」
アロが笑顔で俺へとそう言った。
『そうだな……〖人化の術〗も、かなり長時間使えるようになってきたわけだし』
俺は苦笑しながら答えた。
最初の頃は居場所と安全の確保に必死だったし、リリクシーラと関わってからはずっと神聖スキル騒動で落ち着く暇もなかった。
これまでがあまりに忙しかったから、目的がなくなることを恐れていたのかもしれねぇ。
戦闘狂みてぇな発想になっちまっていた。
昔と違って便利なスキルがあるため、できることも多い。
やりたいことなんて腐る程見つかるだろう。
ゆっくり暮らしながら見つけていけばいい。
『それに……やることがなくなったらなんて、あまりに気が早すぎるよな。決着をつけてやらねぇといけねぇクソヤローがいるんだからよ』
俺は螺旋階段の先を睨んで、そう呟いた。
今度こそ、神の声との最後の決着だ。
『しかし、階段が長すぎますな……。外から見えていた様子から言っても、相当な距離だと思いますぞ』
確かにトレントの言う通りだ。
塔があまりに高すぎて、どれだけ遠くから見ても先端が見えなかったのだ。
それを螺旋階段で上がり続けなければならない。
このアポカリプスの身体を以てしても、歩いていくには、ちっと遠すぎるかもしれねぇ。
何より、一刻も早く地上に向かわねぇと、元の世界がどうなっていやがるのかわからねぇ状態だ。
「階段を使うよりも、竜神さまが真っ直ぐに飛んでいった方がいいかもしれませんね。たまに階段を足場にして蹴り上げる、くらいで」
アロがそう言うと、トレントが両手の翼をぽんと打った。
『なるほど、妙案ですな。では主殿、そういうふうに……』
『アロ、トレント、口の中に入れ! 転がって一気に駆け抜けんぞ!』
トレントの表情が一瞬にして曇った。
俺はアロとトレントを口の中に入れると、螺旋階段を全力で転がって駆け上がった。
『主殿っ! 主殿っ! やっぱりこれを何時間も続けるのは無理ですぞぉっ!』
トレントの悲鳴が聞こえる。
だが、転がっていて実感した。
やはりこっちの方が飛ぶよりもずっと速い。
それに障害物もなく安定して駆け続けられるのはなかなか爽快だった。
向かい風が心地よい。
階段の幅に今の身体のサイズがフィットしているため、コースから外れる心配もない。
アポカリプスが転がるために設計されたとしか思えねぇような奇跡的な幅だった。
待ってやがれ、皆、そして神の声……!