636.ミーアの考え
戦いが終わり、俺達は相柳の亡骸の前へと集まった。
『すげぇな……人間の姿で、耐久型の相柳を一気に倒しちまうなんて』
「こっちの方が動きやすいんだよ。戦い慣れているからね。それに私の特性スキルの〖冥府の鏡〗は、〖人化の術〗に必要なMPをほとんどゼロにしてくれるんだ。今の私の纏う妖気も和らげてくれる」
ミーアは軽く笑いながら答える。
今回の戦いでアロは【Lv:97/130】から【Lv:102/130】へ、トレントは【Lv:99/130】から【Lv:102/130】へと上がっていた。
倒したのはほとんどミーアの攻撃だが、分配された分だけでも充分レベルが上がっている。
それだけ相柳が強敵だったということだ。
それにミーアが言っていたように、ダメージ自体はそれなりに通っていたのだ。
攻撃していたのはほとんどアロだが、トレントもちょっと上がり幅は劣るものの、しっかりとレベルが上がっている。
やはり〖死神の種〗の影響力が結構馬鹿にできないようだ。
考えてみりゃ、どんな格上の相手にも通用して、粘りさえできればいつかは倒せる技だ。
『思ったよりは上がっていませんな……私もアロ殿も』
木霊状態のトレントが、ちょっとがっかりしたように零す。
「確かにイルシア君の背に乗せてもらっていた方が、レベルは上がっていただろうね。安定して攻撃できる状況さえ作れば、私達の直接攻撃なしでも倒し切れていただろうし。でも君達には、伝説級の魔物との戦いを体験してみて欲しかったんだ」
『な、なるほど……』
トレントは俺の前脚を盾にして隠れ、こそっとミーアの方を見る。
……トレントも、余計なことを口にしてミーアに目を付けられるのが怖いのだろう。
「でも、レベル最大のあなたより、竜神さまに倒してもらった方がよかったのではありませんか?」
アロがミーアへとそう言った。
『アッ、アロ殿!』
トレントが羽をぱたぱた動かす。
ミーアはトレントを見てくすりと笑った。
「気を遣ってくれているのは嬉しいけれど、そこまで警戒されるのは寂しいかな」
『すっ、すいませんぞ……』
トレントがぺこぺこ頭を下げる。
ミーアは苦笑いしながらそれを眺めていた。
それから「ふむ」と零し、顎に手を当てる。
自分の考えを少し、頭の中で纏めているようだった。
「イルシア君のレベルについては、そこまで課題だとは思っていないんだ。確かに伝説級のステータスの上がり幅は大きいけれど、それよりも私は経験や技術、情報の方が大切だと思っている。数値が百、二百変わったところで、一度攻撃が当たるか外れるかで、そんなもの簡単になかったことになる程度の差だからね。勿論、あるに越したことはないけれど」
攻撃力や素早さが二百も上がれば、大分変わってくると思うんだが……。
いや、しかし、ミーアが相柳を圧倒していたのは、ステータスというよりも純粋な戦闘技量であったように見えた。
ミーアが言うのは確かに説得力がある。
ハウグレー相手に攻略法が見えなかった際に、俺は自分の戦闘技量の低さを突き付けられた。
俺だってこれまで死に物狂いで戦ってきた経験はあるつもりだ。
だが、俺が外に出て戦わなきゃならねぇ神の声の〖スピリット・サーヴァント〗は、過去の神聖スキル持ちの中での選りすぐりだ。
全員ミーアと並ぶか、下手すればそれ以上だろう。
「それにイルシア君は、経験値量倍増スキルがあるらしいからね。ヘカトンケイルとの戦いもあるから、すぐに最大まで上がるよ。進化の上限も簡単には外れないだろうし、ここを焦るよりも、私の戦い方を見ておいてほしかったんだ。ヘカトンケイルとの戦いでぶっつけ本番というわけにもいかないし、塔の中にそれ以上の魔物がいたっておかしくはないからね」
確かにその考えには同意だ。
ヘカトンケイル戦に向けて少しでも攻撃力が欲しかったという気持ちはないわけではないが、ミーアの戦闘能力は高い。
それに、アロとトレントも前回に比べてかなりレベルを上げている。
レベルを気にしすぎるより、しっかりと効率的にダメージを与えられる動きができるかどうかを重要視した方がいい。
そして俺のレベルは、ヘカトンケイルを倒せばすぐにレベル最大近くまで持っていけるはずだ。
ミーア、アロ、トレントと経験値を分けることになるので直接レベル最大とはいかないかもしれないが、ミーアの言う通り、レベル最大自体にそこまで固執する意味も薄い。
できるならやっておいた方がいいことは間違いないが、俺達がしっかりミーアの戦い方を分かっておくことの方が大事だった。
それに、ミーアの戦い方を見て、俺に足りないものを再認識させられた。
無論、意識したからといって、一朝一夕で戦闘技量や経験が身につくものではない。
しかし、だからといって諦めるわけには行かない。
一回一回の戦いから、先に繋がるものを得ようと努力するしかない。
リリクシーラも戦いの読みや技術に長けていた。
序盤は圧倒されていたが、俺も彼女と極限の命のやり取りをする中で、最後には喰らいつけるようになっていた。
そうでなければ、負けていたのは俺だっただろう。
あのときのように、格上との戦いの中で、相手の考えや技術を吸収していくしかない。
ミーアと相柳の戦いは、その現実を俺へと突き付けてくれた。
アロはまだ納得いかない様子でミーアを見ていた。
ミーアの考え方や意識は、俺のそれとは大きく異なっている。
アロやトレントにはすぐには受け入れられない部分が多いのかもしれない。
俺もミーアの考え方は、ハウグレーやリリクシーラの戦闘勘の高さに圧倒されていなければ、到底納得できていなかっただろう。
ミーアは遠くにある、天を穿つ巨大な塔へと目を向ける。
「……ヘカトンケイルのところには、もうすぐ着きそうだね。どれ、食事休憩がてらに、親睦を深めるというのはどうだろう? 君達も、腹の分からない相手に命を預けて戦いたくはないだろう」
ミーアはそう言ってニヤリと笑い、顔の向きを変えた。
俺も彼女の視線の先を追い、相柳の亡骸を見つめた。
ミーアの最後の一撃をまともに受けたところから内臓が零れ出ており、大木に打ち付けたせいで、大量の目玉が拉げてグロテスクなことになっていた。
『……マジ?』
「今更の話だろう? 神経が細いんだな、ドラゴン君」
ミーアは俺の反応を楽しんでいるようだった。
『ま、まあ、人の頭がついてないから、いけるっちゃいけるが……』
俺はそう言いながら、相柳の巨大眼球って、蛇というよりは人間の目玉だよなと、そんなことを考えていた。