623.原初の爆発の予兆
俺はオリジンマターから離れる方向へと必死に飛ぶ。
だが、ゆっくり、ゆっくりと、オリジンマターの〖ブラックホール〗の魔法によって生じた超重力に吸い寄せられていく。
俺は息を呑む。
正直、ここからが本番だ。
ここまではオリジンマターの行動一つ一つに、俺はできるだけの答えを用意できていたつもりだ。
だが……〖ブラックホール〗と〖ビッグバン〗だけには、明確な答えを見つけられなかった。
〖ブラックホール〗はどれだけ被害を抑えられるかは完全に状況と俺の気合次第であるし、このスキルによってどういう盤面に追い込まれるかは、いくらでも考えられて想定してもきりがなかった。
特に〖ビッグバン〗は回避する方法がないので、使われた時点で俺が大ダメージを負うのは確定したようなものであった。
〖ビッグバン〗後の状況がどうなるかも、そのとき次第過ぎて切りがない。
できるだけすぐ体勢を整えるよう、意識することくらいしかできない。
しかし、一つだけ言えることがある。
このスキルによってどういう盤面になっても、こちらがかなり劣勢に追い込まれることは間違いない、ということである。
その場その場で、一番被害を抑えられる最適解を見つけて動くしかない。
〖ブラックホール〗は強力なスキルだ。
だが、使用中はオリジンマターは他のスキルを扱うこともできない。
途切れた瞬間に、一気にスキルを放ってくるはずだ。
前回同様、即〖ビッグバン〗へと繋げてくるかもしれねぇ。
俺の身体を拘束していた超重力が消えた。
〖ブラックホール〗が途切れたのだ。
とすれば、即座にオリジンマターは何らかの攻撃に出てくる。
俺は全力で、オリジンマターから離れる方向へと逃げた。
背後より〖ダークレイ〗が宙を裂く音が聞こえてきた。
〖ビッグバン〗はまだ使ってこないらしい。
上手く振り返りつつ、黒の光線を避けていく。
〖ダークレイ〗の弾幕が薄くなったため、合間を狙って〖次元爪〗での攻撃に出ようとしたとき、オリジンマターが再び〖ブラックホール〗を使った。
身体が引っ張られ、〖次元爪〗の狙いがズレた。
引力に抵抗しようとした瞬間に〖ブラックホール〗が途切れ、俺は宙で体勢を崩した。
『しまった!』
俺はトレントを纏う、左半身で〖ダークレイ〗を防いだ。
三発目の〖妖精の呪言〗が発動する。
お返しの〖ダークレイ〗が、オリジンマターに突き刺さる。
『主殿……そろそろ私も、限界かもしれません』
トレントが苦しげに漏らす。
この様子だと、四発目はちっと厳しそうだ。
オリジンマターがまた黒い光を纏う。
だが、今回のは〖ブラックホール〗のそれではなかった。
〖ワームホール〗だ。
俺達の近くにも、〖ワームホール〗の転移先に現れる黒い光が浮かび上がっていた。
『来やがったな! だが、使われるとわかっていれば、怖いスキルじゃねぇっ!』
俺は〖ワームホール〗の転移先と、今オリジンマターがいる位置の二点から離れる方向へと動いた。
身体に斬撃が走った。
〖次元斬〗の直撃をもらっちまった。
『うぐっ……!』
今オリジンマターがいる位置と、〖ワームホール〗の指定先から離れようと動くと、移動先の方向が限定されちまう。
オリジンマターは、それを狙って、俺を誘導するために〖ワームホール〗を設置して、俺が逃げる先へと〖次元斬〗を置いたのだ。
体勢の崩れた俺を、〖ダークレイ〗が貫いた。
トレントはさっき攻撃を受けた直後であったため、生身の右半身で俺は受け止めた。
「ガァアアッ!」
俺は激痛に悲鳴を上げた。
ぽっかり右腹部に大穴が開いた。
衝撃でかなり高度を落とされたが、どうにか宙で身体を翻した。
……トレントは身体に纏っているし、アロは口の中だ。
この状態でなければ、アロとトレントを宙に投げ出しちまっていたかもしれない。
崩れた体勢を、急に〖ブラックホール〗の超重力で引っ張られた。
こんな大規模スキルのオンオフを繰り返していれば、魔力消耗はかなり激しいはずだ。
オリジンマターは、最早魔力の節約を捨てて、俺達の排除を最優先目的で動いている。
ただでさえ〖ダークレイ〗の弾幕を回避しなければならないのに、〖ブラックホール〗のせいで動きたいように動けない。
おまけに〖ワームホール〗での転移直後は、二方向からの〖ダークレイ〗を捌く必要が出てくる。
頭が混乱しそうだった。
俺は〖ワームホール〗の転移先の座標を確認する。
そろそろあちらにオリジンマターが移る頃合いだ。
それを前提に〖ダークレイ〗の位置を予想し、回避しなければならない。
まだ転移が行われていないのに、フッと〖ワームホール〗の光が消えた。
俺は牙を食いしばった。
オリジンマターは、〖ワームホール〗をフェイントのためと割り切って使っていたのだ。
本当に転移を行うつもりはなかったのだ。
〖ワームホール〗はそういう使い方もできたのか!
俺の予想が崩され、予期しない〖ダークレイ〗が迫ってくる。
避け損なった黒の光線が俺の肩、足、背を抉った。
俺は急速に〖自己再生〗で、失った肉体を再生させていく。
ここまではどうにか被弾を抑えて立ち回ってきたのに、最後の最後でやっちまった……!
いや、俺のMPはまだ余裕がある。
それに、オリジンマターも、あんなに苛烈にスキルを連打しているのは、後先を考えているとは思えない。
あの〖ブラックホール〗のオンオフを繰り返して俺の勘を狂わせる戦法は、MPの消耗がかなり激しいはずだ。
それだけオリジンマターも、追い込まれて必死になっているということだ。
多少攻撃をもらっても、それ以上にオリジンマター自身、ここでのMPの激しい消耗は痛いはずだ。
俺の〖自己再生〗がまだ終わっていない内に、再び引力でオリジンマターへと引っ張られ始めた。
俺は再生の不完全な身体で、引力に抗う方向へと必死に飛んだ。
これまでの〖ブラックホール〗よりも力が強い。
明らかにオリジンマターも、俺を仕留めに掛かっている。
とすれば……来る!
オリジンマターは、俺のHP、MPを少しでも減らしたところで、切り札の〖ビッグバン〗を叩き込んでくるつもりだ。
〖ブラックホール〗で強引に間合いを詰め、〖ビッグバン〗の広範囲高火力スキルで確実に敵を殲滅する、前回もくらった悪夢のコンボだ。
二度と〖ビッグバン〗はくらいたくねぇと思っていたが、回避は現実的じゃねぇ。
くらった上で、如何に早く体勢を整えて追撃を受けないか、が重要になる。
残念ながら、くらうことは前提だ。
〖ビッグバン〗をトレントの〖妖精の呪言〗で跳ね返してダメージをお返しできれば楽だったんだが、オリジンマターには火属性への完全耐性がある。
それにトレント自身、〖不死再生〗中とはいえ、〖ビッグバン〗の一撃を耐える余力が今あるかどうかは怪しい。
だが、ここさえ凌ぎ切れば、オリジンマターは倒したも同然になる。
俺は歯を食いしばり、背後のオリジンマターを睨んだ。
オリジンマター……俺は絶対に、ここを凌いでやるからな……!




